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「あぁ、これこそショパンだ」
そんな風に感じたひとが、果たしてホールにどれほどいたでしょう。
たいていの人は「これはショパン??」と感じていたのではないでしょうか。
目次(押すとジャンプします)
ミハイル・プレトニョフ(指揮)
松田華音(ピアノ)
東京フィル演奏会
危険なテンポ
コンサート前半は、指揮を務めるミハイル・プレトニョフ(Mikhail Pletnev、1957 – )が自身で編曲をほどこしたというショパンのピアノ協奏曲第1番。
ピアノ・ソロは松田華音さんでした。
昔から指摘されているショパンのオーケストレーションの問題点。
それをピアノの大家でもあるプレトニョフがどう編曲・修正したのか、という点に興味を持っていましたが、実際に聴いてみると、そんなことを遥かに超えて、プレトニョフの「解釈」の特異性のほうがずっと目立つものになっていました。
冒頭、オーケストラによる序奏部は、オケのバランスの不安定さこそ気になりましたが、優しく、丁寧で、粘り気のあるフレージング、けれども、そこから導かれた「テンポの遅さ」にすこし驚きます。
そして、その遅いテンポのままで、ピアノ独奏が入ってきてしまいます。
普段なら、華麗で、きらびやかなパッセージに彩られるはずの音楽が、克明に、鮮明に、すべての音符とすべての和声の変遷が、はっきりと受け取れる「遅いテンポ」で奏されていきます。
これは、とても危険なテンポです。
技巧的なパッセージがゆっくりとしたテンポで奏されれば、ともすれば、「指のエクササイズ」に聴こえかねません。
けれども、そこで松田華音さんが聴かせたもの。
それは、まぎれもなく、“音楽” そのものでした。
きわめて耽美的で、美しすぎるくらいに美しい「音楽」でした。
異形のショパンにあっての美
プレトニョフの編曲と伴奏は、ときにオーケストラを大胆に削ったりもしていましたが、そこから出てくる音楽自体は、ロシアの大地のような広がりをもっていて、とりわけ「ホルン」を重視した響きはラフマニノフを彷彿とさせる瞬間すらありました。
その大胆さに驚かされますが、プレトニョフからしてみれば、こちらが思っているほどショパンとラフマニノフは遠い位置にある作曲家でもない、ということなのかもしれません。
この異例の演奏のなかで、それでも、これが紛れもない「ショパン」の音楽として届いてきたのは、松田華音さんのピアノに負うところも大きかったと感じています。
ゆったりとしたテンポで、まるでブルックナーでも聴いているかのように、とっても長い時間をかけて描かれたように感じた第1楽章。
あのテンポであっても、いっさい音楽が弛緩せず、どんなパッセージも美しい“ カンタービレ ”をもって弾かれていくピアノパートに、わたしは感嘆せずにいられませんでした。
スローテンポで奏される技巧的パッセージが、決して「指の練習」に聴こえないのは、それだけ緻密に、繊細に、“ 音楽 ”を感じているからであって、それはフレーズのつくり方の繊細さにも表れていました。
あの繊細な歌いまわし。
特に高音部での、きわめて高度にコントロールされたフレージング。
この異形のショパンのなかにあっても、あらゆるフレーズ、あらゆるパッセージが胸に迫り、切なく、まさにショパンの音楽からしか受け取れない抒情がいっぱいに詰め込まれていました。
そうであってこその、このテンポであって、つまりは、プレトニョフにとっても、まさに彼が望んでいたものが聴かれたのではないかと思います。
それくらい、ピアノ独奏に自然に耳が惹かれていく演奏になっていました。
そこには、プレトニョフの策士ぶりもうかがえるかもしれません。
変わったショパン
第2楽章のロマンツェは、もう、言うまでもなく美しかったです。
第1楽章がゆったりとしたテンポだったので、そことの描き分けに不安がありましたが、それはまったくの杞憂におわって、第1楽章とはまったく違う世界の、第2楽章ならではの美しさが紡がれました。
第3楽章もまたプレトニョフの異例の解釈で、気持ちゆっくりとしたテンポ、大胆にオーケストラを削った、古典的な趣きすらある響きのバランスで、第1楽章以上に特異な表現に満ちていました。
この楽章こそ、ピアノの華麗なパッセージがあふれ出て然るべき箇所がたくさんありますが、やはりプレトニョフはそれを避けているようでした。
松田華音さんの独奏は、そのぎりぎりの線を行って、あくまでプレトニョフの描くショパン像のなかにありながら、それでいて、めいっぱいの煌めくようなピアニズムを歌い上げていました。
ほんとうに、松田華音さんというピアニストは、きわめて突出した音楽性を有しているように感じます。
プレトニョフの、このテンポのなかで、紛れもない「ショパン」を演奏しきれるピアニストというのは、世界にどれだけいるだろうかと思います。
終演後、「変わったショパン」という声がいろいろなところで聞こえました。
確かにその通りだと思いつつ、私には、これはしばらく忘れられそうにない、きわめて印象的な美しさを持つ「ショパン」でした。
アンコールも最上
そして、このショパンのあとに、松田華音さんのピアノ・ソロ・アンコールがありました。
アンコールというのは、その選曲もふくめ、その演奏家の内面がはっきりと露呈してしまうものですが、後半のプログラムがチャイコフスキー(プレトニョフ編纂):バレエ音楽「眠りの森の美女」抜粋であることを意識してでしょう、チャイコフスキー(プレトニョフ編曲):「くるみ割り人形」から“ 間奏曲 ”が演奏されました。
まず選曲にうならされましたが、演奏がまた、詩情あふれる、心にしみわたる美しさをもつものでした。
まったく脱帽です。
♪プレトニョフ自身によるレコーディング
( Apple Music ・ Amazon Music ・ Spotify ・ Line Music などで聴けます)
♪プレトニョフ編曲版「くるみ割り人形(ピアノソロ版)」は出版もされています
プレトニョフ版「眠りの森の美女」
休憩時間をはさんで、後半はチャイコフスキー(プレトニョフ編纂): バレエ音楽「眠りの森の美女」抜粋が演奏されました。
プレトニョフによる特別編集版のチャイコフスキーのバレエ音楽というと、何年か前の「白鳥の湖」が圧倒的な出来栄えで、今も忘れていません。
♪プレトニョフによるレコーディング
( Apple Music↑ ・ Amazon Music ・ Spotify ・ Line Music などで聴けます)
結論からいうと、今回のものは「白鳥の湖」ほどうまくいっていなかったように感じました。
途中、コンサートマスターを立奏させ、まるで「ヴァイオリン協奏曲」のように変化をつけたりと、構成面で大きな工夫があって、そこはうまくいっていたと思います。
ただ、何といっても、プレトニョフの選びだした曲があまりに渋すぎる、というのが問題だと感じました。
東京フィルの献身的といっていいくらいの演奏もあり、たいへん充実していたのは間違いないのですが、一方で、いまひとつ大きなクライマックスが築かれないまま、やや中途半端な印象のなかに終わってしまいました。
このプレトニョフの編集版を聴くと、かえって、出版社がつくったという、通常演奏される「組曲」がいかに上手に選曲、配列されてあるか再認識させられます。
この日の公演のパンフレットには1枚の紙がはさまっていて、最後に演奏予定だった「第11.パ・ダクシオンよりアダージョ(第1幕)」は演奏しないことになりました、とありました。
つまり、もともとの予定では、このバレエのなかでもとりわけ有名な、あの「パ・ダクシオン」がフィナーレに置かれていたようですが、それがカットされるということ。
ここまで禁欲的だと、さすがに取り付く島もないという印象です。
この消化不良が、なんとも、もどかしい後半でした。
演奏がおわると、結構多くのお客さんが早々に席を立って帰路についてしまったのも、まぁ仕方がないかなという印象でした。
最上のアンコール、ふたたび
ところが、数回のカーテンコールのあと、思いもかけず、プレトニョフがアンコールのタクトをとりました。
あの、カットが予告された「第11.パ・ダクシオンよりアダージョ(第1幕)」でした。
そう、これが聴きたかった!
前半に引きつづきの「技ありのアンコール」、留飲を下げる思いです。
プレトニョフも、やはり、聴き手が消化不良になることを予測していたのでしょう。
それでも一度はわざわざカットをして演奏を終えてしまったのは、おそらく、連続して演奏することに対して、何かしら納得のいかないものがあったからだと推測しています。
その意味で、もしかしたら、この「眠りの森の美女」の特別編集版は、まだまだ発展途上にあるのかもしれません。
「パ・ダクシオン」は演奏自体もたいへん素晴らしく、プレトニョフと東京フィルの描いた見事なクライマックスに、すっかり心の渇きを癒されました。
もしこれを聴かずに席を立ってしまっていたら…と思うとヒヤッとします。
♪プレトニョフ&ロシア・ナショナル管弦楽団チャイコフスキー「眠りの森の美女」“ パ・ダクシオン ”
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松田華音さんの演奏に脱帽
プレトニョフはいつだってプレトニョフの王道を行く。
今回もプレトニョフらしい、プレトニョフ的なコンサートで、わたしはおおいに楽しみました。
なかでも、松田華音さんの集中力あふれるショパンには、圧倒的な印象を受けました。
ロシアものの印象が強い松田華音さんでしたが、このショパンを耳にすると、いつかシューマンの協奏曲を聴いてみたいと思いました。
異形のショパンだったのに、あのショパンの世界にもう一度触れたいという想いが今も消えません。
通例通りなら、半年後くらいにNHK-FMの「ブラボーオーケストラ」という番組でコンサートの模様が紹介されるはずなので、それがあることを切に願っています。
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