コンサートレビュー♫私の音楽日記

イーヴォ・ポゴレリッチ ピアノ・リサイタル2025~その美と断絶

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ベオグラード出身、その個性的な演奏でまったく独自の存在感をしめすイーヴォ・ポゴレリッチ(Ivo Pogorelich)。

彼の生演奏を、はじめて聴いてきました。

その公演レビューをつづります。

イーヴォ・ポゴレリッチ
ピアノ・リサイタル2025

当日のプログラム

 

2025年1月26日(日)
15:00@所沢ミューズ

モーツァルト:
アダージョ ロ短調 K.540
幻想曲 ハ短調 K.475
幻想曲 ニ短調 K.397
ピアノ・ソナタ第11番 イ長調 K.331《トルコ行進曲付き》
(休憩)
ショパン:
ノクターン 変ホ長調 op.55-2
3つのマズルカ op.59
ピアノ・ソナタ第2番 変ロ短調 op.35《葬送》

(アンコール)
シベリウス:悲しきワルツ

 

前半のモーツァルト

 

通常よりも、どこか薄暗いステージ。

少しして、とってもゆったりとした足取りのポゴレリッチが、楽譜を片手に姿をあらわします。

 

客席の拍手に一礼すると、おそらく前半に弾くとおもわれる数冊の楽譜のなかから、最初に弾くものをとりだし、それから、残りの楽譜を“ ポン ”っと床に放りました。

譜面台の脇ではなく、床に放った姿に、ちょっと驚かされました。

あんまり楽譜を尊重していないタイプのひとなのかと、やや不安に思ったのもつかの間、最初のモーツァルト:アダージョ ロ短調が始まりました。

 

とんでもない。

息をのむほどの、美しさのかぎりのアダージョが響いてきました。

 

もう、冒頭の数小節だけで、すっかり脱帽してしまいました。

 

その繊細の限りが尽くされたといっていい演奏。

ポゴレリッチがこんな音楽をするピアニストだとは、まったく予想していませんでした。

 

美しさと「断絶」

 

この美しさを何と言ったらいいのか、いまだに言葉にこまります。

 

こちらの耳をひきつけてやまない演奏であるのに、どういうわけか、いっぽうで、容易にひとを近づけない何かがあります。

近寄りがたいモーツァルト。

 

この、ステージ上と聴き手とのあいだの“ 断絶 ”は、いったい何なんでしょう。

 

音色そのものは、むしろ、かぎりなく優しく、どこかに渋みも帯びていて、でも、とっても豊かで、あたたかな温もりさえ感じさせます。

それなのに、決して、こちらへ近寄ってこないモーツァルト。

 

ポゴレリッチというピアニストが、少なくとも「人を感動させよう」とか、そういうことのためにピアノを弾いていないのは、間違いありません。

彼は、曲と曲の間もほとんど間を開けず、あるいは、聴衆が完全に静かになる前に、さっと次の曲を弾きはじめます。

聴衆の存在は、彼にとって、さして大きな問題ではないようです。

 

彼は、もっともっと、ずっと“ 絶対的な ”何かにむかって音楽をやっている。

そう、感じます。

 

作品と、自身の演奏だけに、ひたむきに向き合うポゴレリッチを、私はただただ見つめ、驚嘆し、魅了されました。

 

音楽を極限まで突きつめていく姿勢。

それを、これほど徹底したものを、私はあまり見たことがありません。

おそらく、その過程で“ 断絶 ”が生じてくるのでしょう。

 

ふだんは人懐っこい“ トルコ行進曲 ”のイ長調のソナタでさえ、断崖絶壁のうえに咲く花のように、絶対に手の届かない美しさのなかに響いていました。

 

♪ポゴレリッチ若き日のモーツァルト・アルバム

コンサートで取り上げられたモーツァルト作品のうち、ニ短調の幻想曲と「トルコ行進曲つき」のソナタは収められています

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絶対音楽としての美しさ

 

それは、後半のショパンに至っても同様で、間違いなくショパンの音楽であるのに、いっぽうで、喜怒哀楽に分類のできない音楽が響いてきます。

でも、現代の多くのピアニストのように、“ 屈折 ”しているわけでもありません。

 

そう、ポゴレリッチの演奏は、実に、ほんとうの意味で“ 絶対音楽 ”であろうとしているように感じます。

 

作品の構造、作曲家の創造を、徹底的に解きほぐして、それを極めて冷静に、かつ、音楽的に再創造していく。

分析と再構築。

そう書いてしまうと、どこか無機的な演奏であるかのような誤解をあたえてしまうかもしれませんが、実際は、まったくそうではなくて、例えば、「葬送」ソナタの第3楽章「葬送行進曲」のトリオで聴かれた“ 美 ”の慰め。

それは、彼が正統的な、古典的芸術家の列にあることを示していました。

 

といって、それが例えば“ 癒し ”のような類いのものに陥らないように、超然とした性格を常に有しているところに、ポゴレリッチの凄みを感じさせられます。

 

この人は、紛れもない大ピニストのひとりであって、別格の音楽家のひとりだと、はっきり教えられました。

アルゲリッチがショパンコンクールの一件で放った「彼こそ天才よ」という有名な言葉、それは本当にその通りだったんだと思い知らされました。

 

♪ポゴレリッチ若き日の「ショパン・アルバム」

ピアノ・ソナタ第2番「葬送」が収められています

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このリサイタル、当初、プロコフィエフをメインにすえた美しいプログラムが組まれていたのですが、いつの間にか、モーツァルトとショパンのプログラムに全面変更。

奥さんが亡くなられてから、演奏が極度に陰鬱なものになっていたという話をよく聞いていたので、ある種の覚悟をして聴きに行ったのですが、どうも、その精神的な危機をポゴレリッチは脱しつつあるようです。

少なくとも、私が聴いた日の演奏からは、よく噂に聞いていた病的なものはまったく感じられませんでした。

 

誰にも似ていない、ポゴレリッチだけの独特な解釈は健在でしたが、音色の抜きん出た美しさ、そして何より、音楽の絶対的な美へむかう徹底した姿勢に圧倒された夕べになりました。

 

まだよくわからないピアニスト

 

もちろん、彼のやっている音楽は、きわめて繊細、かつ、あまりに複雑で、私にはまだよくわからない面も多々あります。

 

その最たる例が、アンコールのシベリウス:悲しきワルツ。

特に後半、クライマックスの箇所のテンポがあまりにゆっくりで、聴いていて、いま音楽がどこにあって、どこに進もうとしているのか、さっぱり迷子になってしまうほどでした。

 

彼は室内楽などをするのでしょうか?

ステージ上の彼を見ていると、たった一人、努めて冷静に音楽のなかにあろうとしていて、周囲の誰かと音楽を分かちあうような姿は想像もできません。

それでいて、彼の“ 音 ”そのものは人間的な温かさをもって、とりわけ低音は非常に力強く、雄弁にひびくので、「孤独」という言葉もどこか不似合いです。

 

まったく、不思議なピアニストです。

 

ただ、このリサイタルを体験して、今後、何をやるにしても、ポゴレリッチは私にとって目が離せない存在のひとりになりました。

あれだけ独創的なものを聴かされても、不思議と、「新しいモーツァルト」や「新しいショパン」という感じではなく、むしろ、作曲家個人を超えた「音楽」の在り方と、それを突き詰めていく一人の演奏家の姿に、深い感銘を与えられたリサイタルでした。

 

♪ポゴレリッチの新しい「ショパン・アルバム」

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