シリーズ《交響曲100》、第34回はベルリオーズの《イタリアのハロルド》です。
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パガニーニの衝撃
ヴァイオリンの鬼才ニコロ・パガニーニ(1782-1840)は、音楽史にたくさんの衝撃と影響をあたえました。
フランツ・シューベルト(1797-1828)が家財道具を売り払ってまでチケットを手に入れて聴いたのもパガニーニの演奏会。
フランツ・リスト(1811-1886)が「超絶技巧を手に入れよう!」と決心したのもパガニーニの演奏会。
そして、将来の進路を決められずに迷っていたロベルト・シューマン(1810-1856)に、音楽家として生きることを決心させたのも、パガニーニの演奏会でした。
ヨーロッパの音楽史にさまざまな色濃い影響を及ぼした、ヴァイオリンの鬼才パガニーニの登場。
いっぽう、そのパガニーニが逆に衝撃を受けたというのが、1833年のベルリオーズの演奏会です。
そこで演奏された《幻想交響曲》を聴いて、非常に強い印象を得たパガニーニは、演奏会の後に楽屋に出向き、2回りほど年下の若きベルリオーズを絶賛したと伝えられています。
さらには、エクトル・ベルリオーズ(1803-1869)に新作を依頼することまで決心したパガニーニは、しばらくしてベルリオーズのもとを再度訪問。
自身が手に入れたストラディバリウス製の「ヴィオラ」のために、あたらしく音楽を書いてほしいと相談します。
パガニーニの失望
当然、ベルリオーズとしても、ヨーロッパを席巻中のパガニーニからの依頼は光栄なものであって、早速、ヴィオラとオーケストラのための音楽の作曲にとりかかりました。
ところが、第1楽章ができた段階で、それを見たパガニーニは失望してしまいます。
超絶技巧をもつパガニーニの目には、独奏ヴィオラ・パートの活躍があまりに物足りないと感じたようです。
そうした経緯で、結局は、この作曲依頼の話はなかったことになってしまったようです。
けれども、ベルリオーズは気をとりなおし、今度はパガニーニを意識することなく、まったく自由に作曲の続きにとりかかります。
パガニーニと相談していた当初は、独奏ヴィオラを中心に合唱とオーケストラが伴う、2部形式の作品が書かれる予定だったようですが、「ヴィオラ協奏曲」という方向性はどんどんと薄れていって、結果的には、4楽章形式の「ヴィオラ独奏つき交響曲」へと帰結することになりました。
チャイルド・ハロルドの巡礼
この一種のヴィオラ協奏曲風の交響曲は、ベルリオーズらしく「物語」をもとに作曲されました。
それが、イギリスの詩人バイロン(1788-1824)による長編詩『チャイルド・ハロルドの巡礼』です。
これは、1812年から1818年にかけて刊行されたもので、バイロンはこの詩集によって、一躍、ヨーロッパじゅうにその名前が知れ渡ったほどの成功をおさめたそうです。
内容は、人生を見失った主人公チャイルド・ハロルドが地中海沿岸の国々をさまよう旅行記で、彼の胸中に去来する厭世的な想いがつづられていく、放浪の詩集です。
この詩集の邦訳を読んだときに知ったのですが、この原作には、ベルリオーズが描いた光景はほぼでてきません。
つまり、ベルリオーズはこのバイロンの人気詩集から自由にインスピレーションを得て、4つのプロットを独自に設定したというのことのようです。
第1楽章「山のなかのハロルド;憂愁、幸福と歓喜の情景」
第2楽章「夕べの祈りを歌う巡礼の列」
第3楽章「アブルッチの山人が愛人によせるセレナード」
第4楽章「山賊の饗宴、前後の追想」
ベルリオーズが設定した物語は、恋人に裏切られた主人公ハロルドが、憂鬱な気分に支配されながらイタリアの山中を放浪し、最後には、自ら山賊たちの洞穴に入り、狂乱の乱痴気騒ぎのなか、山賊たちの手にかかって命を落とすというもの。
かなり、《幻想交響曲》のプロットに近い、「失恋、憂鬱、そして破滅」という筋書きが、ここでも踏襲されているのがわかります。
🔰初めての《イタリアのハロルド》
ヴィオラ独奏を持つ音楽なのに、フィナーレの途中でハロルドの死に合わせてヴィオラ独奏の出番が消えてしまうこともあって、名高い傑作のわりには、演奏会で聴く頻度が、思いのほか低い作品でもあります。
この曲は、両端楽章に力点が置かれていますが、曲に親しむという点では、中間の2つの楽章から聴いてみるのもはいりやすいかもしれません。
第2楽章の巡礼の行進は、実際、この曲が初演されたときにも、まっさきにアンコールがかかったそうです。
第3楽章のセレナードは、素朴な明るさに満ちた音楽で、聴いてすぐに好きになれる、民謡風の主題をもっています。
そのあとでいいので、曲の到達点を知る意味で、フィナーレ第4楽章を聴いてみましょう。
冒頭にも書きましたが、この楽章では、ヴィオラ・ソロが途中でいなくなってしまいます。
これは主人公チャイルド・ハロルドの死を示していて、山賊たちの狂乱のなかで曲はクライマックスをむかえます。
また、この楽章では、前の3つの楽章が回想風に挿入されているのですが、これは、ベルリオーズがベートーヴェンの交響曲第9番に感銘を受けて、その第4楽章の書法からインスピレーションを得たためと考えられています。
ここまで聴いたら、ベルリオーズの描いた物語に身を任せて、いよいよ第1楽章から聴いてみてください。
私のお気に入り
このブログでは、オンライン配信されている音源を中心にご紹介しています。
オンライン配信でのクラシック音楽の聴き方については、「クラシック音楽をオンライン(サブスク定額制)で楽しむ~音楽好きが実際に使ってみました~」という記事にまとめています。
《Va,ウィリアム・プリムローズ&シャルル・ミュンシュ指揮ボストン交響楽団》
私がいちばん好きな演奏はこれです。
フランスの巨匠シャルル・ミュンシュ(1891-1968)がボストン交響楽団を指揮したもの。
ヴィオラ独奏は、この楽器のパイオニア的存在である大ヴィオラ奏者、ウィリアム・プリムローズです。
ヴィオラの名手プリムローズのソロもさることながら、ミュンシュとボストン交響楽団のメンバーが「これがベルリオーズだ」と言わんばかりに自信満々に突き進んでいく音に、どうしても魅了されてしまう録音です。
( Apple Music↑ ・ Amazon Music ・ Spotify ・ Line Music などで聴けます)
わたしは最初に買ったCDが、リマスター作業のせいか、音がこぎれいになっていて、「あんまりパッとしない」演奏だと勘違いしてしまいました。
あとで思いなおして、少し古い輸入盤に買い替えたときに、この演奏の本来の魅力である、無骨なまでの英雄的気概を耳にできて、圧倒されました。
もし同じような方がいらっしゃったときのために、私が愛聴しているCDのリンクも貼っておきます。
輸入盤の『ベルリオーズ:イタリアのハロルド~シャルル・ミュンシュ指揮ボストン交響楽団』
(Amazon商品ページにリンク)
ダンディの『フランス山人の歌による交響曲』がカプリングされていて、そちらも名演奏。
《Va, Joseph de Pasquale&シャルル・ミュンシュ指揮ボストン交響楽団》
ミュンシュとボストン交響楽団のコンビには、ちょっとレアな《イタリアのハロルド》のライブ録音(!)というのが出ていますので、そちらもご紹介します。
ここでヴィオラ独奏を弾いているのは、Joseph de Pasquale(パスキエ、パスカル、パスクアーレなど、いろいろな訳され方をしているので正しい発音がどれなのかわかりません)。
この人は、ウィリアム・プリムローズのお弟子さんだそうで、録音当時は、ボストン交響楽団の首席奏者でした。
しかも、その後には、あのオーマンディに誘われて、今度はフィラデルフィア管弦楽団の首席をずっと弾いていたそうなので、アメリカのヴィオラ界のレジェンドのような奏者です。
これは、ミュンシュとボストン交響楽団の未発売ライブ音源をあつめたアルバムに収録されているもので、CDボックスで出ていたときは、買うと8千円前後したはずです。
そんなCD時代の高価な音源も、オンライン配信のサブスクなら定額で丸々聴けてしまうのが、とてもありがたいです。
( Apple Music↑ ・ Amazon Music ・ Spotify などで聴けます)
《Va, ウィリアム・リンサー&レナード・バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィルハーモニック》
ミュンシュの演奏とならんで、こちらも大好きなバーンスタインの演奏。
ヴィオラ独奏をしているウィリアム・リンサーは、同時のニューヨーク・フィルの首席ヴィオラ奏者。
アメリカが生んだ才人レナード・バーンスタイン(1918-1990)はこの曲が好きだったようで、このあとにフランスのオーケストラとも録音していて、そちらもお薦めです。
こちらは若いバーンスタインの閃きがストレートに叩きつけられた魅力があって、聴くたびに、ベルリオーズ本人もこういうストレートな熱狂を描きたかったんじゃないかと思う、説得力溢れる演奏になっています。
( Apple Music↑ ・ Amazon Music ・ Spotify ・ Line Music などで聴けます)
《Va,アントワーヌ・タメスティ&エリアフ・インバル指揮hr交響楽団》
こちらは珍しい、YouTubeでの全曲動画です。
ヴィオラ独奏は、フランス出身、現代の名ソロ・ヴィオラ奏者として活躍中のアントワーヌ・タスメティ。
指揮をしているのはイスラエル出身の名指揮者エリアフ・インバルです。
東京都交響楽団の指揮者として毎年のように来日してくださっている名匠で、この映像でもすばらしいベルリオーズを展開しています。