レ・ヴァン・フランセの話に入る前に、最近、演奏会の休憩時間がみじかくなっているようです。
以前は20分休憩が主流でしたが、ここ最近、15分休憩の演奏会が目立って増えてきています。
何かきっかけがあったのでしょうか。
たしかに私もちょっと20分は長いなと思っていた節があるので、そうしたことを感じている方が実は多かったということなのか、あるいは、90分の休憩時間をもつイギリスのグラインドボーン音楽祭のことを考えれば、日本人がまたいっそう、せわしなくなっているのか。
このレ・ヴァン・フランセの演奏会も15分休憩でしたので、ちょっと話の枕に書かせていただきました。
2023年3月12日(日)14:00@三鷹芸術文化センター風のホールで、世界最高峰の木管アンサンブル、レ・ヴァン・フランセのコンサートを聴いてきましたので、その公演を聴きながら感じたことをつづっていきます。
目次(押すとジャンプします)
当日のプログラム
2023年3月12日(日)14:00@三鷹芸術文化センター、風のホール
クルークハルト:木管五重奏曲 op.79
ベートーヴェン:ピアノと管楽のための五重奏曲 op.16
(休憩)
フィリップ・エルサン:六重奏曲
エリック・タンギー:六重奏曲(委嘱新作)
プーランク:六重奏曲
【アンコール】
テュイレ: ピアノと管楽器のための六重奏曲 変ロ長調op.6~第4楽章フィナーレ、ヴィヴァーチェ
豪華メンバーによるアンサンブル
レ・ヴァン・フランセ(Les Vents Francais)は、世界的ソロ・クラリネット奏者であるポール・メイエを中心に、ベルリン・フィルの首席フルーティストだったエマニュエル・パユ、バイエルン放送交響楽団の首席オーボエ奏者だったフランソワ・ルルー、ベルリン放送交響楽団の首席ホルン奏者を経てソリストとして活躍するラドヴァン・ヴラトコヴィチ、パリ・オペラ座の首席バソン奏者であるジルベール・オダン、そして、フランスを代表するピアニストのひとりエリック・ル・サージュという、それぞれが独立して著名な演奏家であるメンバーによって構成されている、世界最高峰の木管アンサンブルです。
私はこのアンサンブルの生演奏を聴くのは、今回が初めての機会でした。
コンサートの幕があがって、彼らがステージに登場。
一列にならんだ、彼らの姿を見るだけでもじつに壮観でした。
よくぞここまで名手ばかりが揃ったもので、しかも、それが20年を超える息の長い活動になっているのは凄いことだとあらためて思います。
素晴らしかったベートーヴェン
演奏会最初は、クルークハルト:木管五重奏曲ハ長調 Klughardt : Wind Quintet Op79で、ピアノのエリック・ル・サージュを除いた5人での演奏。
そもそも私は、このクルークハルト(August Klughardt, 1847-1902)という作曲家の名前も今回初めて知りました。
ドイツの作曲家で、時代的にはワーグナー(1813-1883)やブラームス(1833-1897)の後輩世代、ドヴォルザーク(1841-1904)あたりの世代のひとのようです。
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レ・ヴァン・フランセは、この曲を2020年のアルバムにレコーディングしています。
はじめて実演を聴くレ・ヴァン・フランセの演奏は、当たり前ですが、ほんとうに上手です。
とにかく巧いひとが集まってやっている、というのを絵に描いたようなアンサンブルが展開されていきます。
ちょっとした瞬間の個々の奏者の音色もうつくしく、聴きどころの多い演奏でした。
ただ、いかんせん、私には曲そのものが生真面目すぎるように思えて、やや面白みに欠けるように感じる瞬間がありました。
というわけで期待したのが、次のベートーヴェン作品。
結果的に、私にとっては、これがこの日いちばんの聴きものになりました。
ベートーヴェン:ピアノと管楽のための五重奏曲 変ホ長調 Beethoven:Quintet for Piano and Winds Op.16は、ピアノとオーボエ、クラリネット、ホルン、ファゴットによる演奏。
フルートのパユが抜けて、ピアノのル・サージュが加わります。
こうして前半は「五重奏」、後半は全員そろって登場しての「六重奏」というプログラム構成でした。
フランスの流儀を重んじるレ・ヴァン・フランセが聴かせる、ドイツの作曲家ベートーヴェン。
彼らは自分たちの世界観にベートーヴェンを引きずり込むことなく、冒頭から、襟を正したようなテンポとアンサンブルを展開していきました。
古典的造形のうつくしさに敬意を払った演奏といえばいいでしょうか。
響きが華美になりすぎることも避けていて、端正で、折り目正しい演奏が志向されていました。
こうした楽曲ごとの描き分けの見事さに、彼らの音楽家としての見識の高さがうかがえます。
そして、やはり曲が素晴らしいです。
作品番号16という、ベートーヴェンが20代後半で作曲した若き日の傑作ですが、冒頭の変ホ長調の分散和音による主題のつくり方からしてうならされます。
曲の形式や展開も手に取るようにわかりますし、レ・ヴァン・フランセの演奏もまた、その展開をしっかりとふまえた、素晴らしいものになっていました。
ソナタ形式を心から味わうことができる、素敵な演奏でした。
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※似たタイトルの曲目が並んでいますが、トラック15~17がベートーヴェンの五重奏曲です。
腰の据わった、素晴らしい展開の演奏だった第1楽章のあと、第2楽章では、各奏者の見事なソロが聴かれました。
こうしたところは、本当に卓越した演奏家が集まっているからこその音楽だと思います。
メンバー全員が、ル・サージュの美しいピアノに導かれて、ひとり残らず優れたソロを吹けるということ。
そうした点はレ・ヴァン・フランセを聴く醍醐味のひとつであって、彼らの演奏で聴いていると、ベートーヴェンが、こうして各奏者に華をもたせた意味、その必然性までが実感できます。
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第3楽章のロンドも節度ある表現が守られていて、さらりとした風情は彼らならではの感触かもしれませんが、小気味よい演奏で、とても心地よいフィナーレになっていました。
この端正な仕上がりのベートーヴェンが、この日いちばん心をつかまれた演奏で、この演奏を聴く限り、彼らの古典作品の演奏をもっともっと色々と聴いてみたいと思いました。
後半のプログラム
演奏会後半は、日本初演の作品も含む、現代の作曲家たちの2作品ではじまりました。
どちらの作品もけっして聴きづらい音楽ではなく、むしろ聴きやすいほうの現代音楽でした。
いずれの作品にも、私はとくに強い印象は受けませんでしたが、こうした、新しいレパートリーの開拓を積極的におしすすめているのはとても素晴らしい姿勢で、演奏会に良いアクセントを加えていると思いました。
私がこのレ・ヴァン・フランセの演奏に最初に魅了されたのは、もうはるか昔、どこかでたまたま耳にした、フランスの作曲家フランシス・プーランク(Francis Poulenc, 1899-1963)の「六重奏曲」の録音でした。
そして、このコンサートでも、メインには、まさにこの六重奏曲がプログラムされました。
この曲は、彼らのトレードマークのようなもので、来日公演でもかなりの頻度で演奏されている印象があります。
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実際、この曲はもうお手の物といった感じで、凄い勢いで演奏が始まりました。
ただ、どうでしょう。
聴いていて、あまりに演奏しすぎてしまった、という感覚もあって、凄い演奏ではあるものの、やや大味な印象が拭えませんでした。
アンサンブルを突き詰めることはもう通過して、丁々発止のやりとりや個々の即興性に重きを置いていたのかもしれませんが、ほかの曲でも多少感じた、フルートのパユとオーボエのルルーが終始自由にのびのびとやっていて、それをほかの4人が支えるという、やや偏った構図がこのプーランクでははっきりと出過ぎていて、ちょっともったいない気がしました。
クラリネットのメイエが、ずっと控えめで埋もれ気味なのも気になりました。
別に、全員がバランスよく響くことだけがアンサンブルの至高の形態というわけではありません。
例えば、弦楽四重奏団でも、私がいちばん好きな、ファースト・ヴァイオリン主導型のアマデウス弦楽四重奏団 (Amadeus String Quartet, 1947-1987) のような面白いバランスもあるわけです。
でも、レ・ヴァン・フランセによる今回のプーランクについては、アンバランスさが変に目立ってしまって、この曲のもつ精妙な響きの美しさと面白さが、ところどころで失われている演奏だったように感じました。
もちろん、凄みを感じるところ、素直に美しいと感じる聴きどころも随所にありましたし、1930年代の不安な時代の空気を反映したかのような静かな終わりを聴いていると、心に響くものもありました。
ただ、何といっても、彼らは世界最高峰の木管アンサンブルであるレ・ヴァン・フランセですから、もっともっと突き抜けた演奏を聴いてみたかったというのが、今回の素直な感想です。
音源など
♫このブログでは、音源をご紹介するときに、オンライン配信されているものを中心にご紹介しています。オンライン配信でのクラシック音楽の聴き方については、「クラシック音楽をオンライン(サブスク定額制)で楽しむ~音楽好きが実際に使ってみました~」という記事にまとめています。
Les Vents Francais「Winds & Piano」というアルバムに、素晴らしい演奏のプーランクとベートーヴェンの両方、そしてアンコールで演奏されたトゥイレ:ピアノと管楽五重奏のための六重奏曲変ロ長調 Op.6のフィナーレもトラック21に収録されています。
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また、作曲家のフランシス・プーランク(Francis Poulenc, 1899-1963)はピアニストとしても一流の腕前を持っていた方で、すばらしい自作自演のレコーディングがいくつか残されています。
六重奏曲については、フィラデルフィア木管五重奏団と共演した録音があります。
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この曲の素顔の美しさがはっきりと感じられる演奏で、これを聴くことで、レ・ヴァン・フランセの新鮮さも再確認させられます。
レ・ヴァン・フランセの古典派が素晴らしいと書きましたが、オール・ベートーヴェン・アルバムがすでに出ています。
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このアルバムのおしまいには、クラリネットとバソンの二重奏曲がおさめられていますが、この美しいクラリネットやファゴットがくっきりと聴こえてくる状態のレ・ヴァン・フランセを、いつかあらためて聴いてみたいところです。
というわけで、期待値を超える演奏には出会えなかったものの、あのベートーヴェンを聴けただけでも、コンサートに出かけて行った甲斐はありました。
素晴らしい室内楽に出会うというのは貴重で、数が限られる体験ですから、彼らが超一流のアンサンブルであることは、少なくともあのベートーヴェンが証明していたと思います。
いまのレ・ヴァン・フランセなら、私は、プーランクなどよりも、古典的なレパートリーを聴いてみたいという思いがした演奏会でした。
レ・ヴァン・フランセなどのアンサンブルを含め、数多く開催されるクラシックのコンサートのなかから、お薦めのものを「コンサートに行こう!お薦め演奏会」のページでご紹介しています。
判断基準はあくまで主観ですが、そのぶん、忖度の類いはありません。
参考になればうれしいです。