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毎春、日本を訪れて東京春音楽祭を特別なものにしてくれる、イタリアの巨匠リッカルド・ムーティ。
今回は例年の演奏会形式オペラ上演ではなく、本格舞台上演ということでおおいに期待されました。
もちろん、上演として一定の水準を超えた素晴らしさはありました。
でも、音楽的には、なにかが足りない思いが常につきまといました。
私が聴いた初日の公演について言えば、ムーティ自身、果たしてその出来栄えに満足したのでしょうか。
ちょっと遅くなりましたが、つれづれに綴ります。
リッカルド・ムーティ指揮
東京春音楽祭
モーツァルト:
歌劇「ドン・ジョヴァンニ」
4月26日(日)14:00@東京文化会館
モーツァルト:
歌劇「ドン・ジョヴァンニ」全2幕
ドン・ジョヴァンニ:ルカ・ミケレッティ
ドンナ・アンナ:マリア・グラツィア・スキアーヴォ
ドンナ・エルヴィーラ:マリアンジェラ・シチリア
ドン・オッターヴィオ:ジョヴァンニ・サラ
レポレッロ:アレッサンドロ・ルオンゴ
ツェルリーナ:フランチェスカ・ディ・サウロ
マゼット:レオン・コーシャヴィッチ
騎士長:ヴィットリオ・デ・カンポ
指揮:リッカルド・ムーティ
演出:キアラ・ムーティ
序曲
序曲が始まって、その重苦しい響きから、やはりムーティは、かつて晩年のカラヤン(Herbert von Karajan, 1908-1989)がやったような、デモーニッシュな「ドン・ジョヴァンニ」を志向しているのははっきりとわかりました。
ただ、何というか、これまでムーティの指揮で体験できた一連のヴェルディとはちがって、モーツァルトという簡潔な、古典派の作品のせいなのか、オーケストラの響きがところどころ未成熟なことが、妙に気になりました。
これが常設のオーケストラや、それこそムーティが君臨したスカラ座やウィーン国立歌劇場であれば、ずいぶん違っているのだろうと、これまでヴェルディを聴いているときにはあまり思わなかったことが頭をよぎります。
重々しい冒頭のあとにつづくアレグロの主題に、軽やかさがあまりないのも、意図的なのか、私には少し違和感がありました。
それでも、序曲の終わりから第1幕の幕開けへの移行の見事さ。
これは、聴いていて思わず唸りたくなったほどで、この移行の間合いを聴くだけでも、ムーティが並々ならぬ巨匠であることを思い知らされます。
単色のドン・ジョヴァンニ
今回は演出が「キアラ・ムーティ」とあって、おそらく、ムーティの娘さんなのでしょうが、黒を基調とした、うす暗い舞台で、実際、ある程度暗い前提でないと成り立たないドン・ジョヴァンニの世界観を表していました。
余計なことをあまりしていないという点では、簡潔さがあって、そこまで音楽を邪魔しない点で安心しました。
有料パンフレットには演出ノートがあったらしいのですが、私は読んでいないので、実際に観て知覚した範囲の話になりますが、おそらく、ドン・ジョヴァンニ以外の登場人物はマリオネットのような存在として捉えられていて、それなので、いちいち舞台上方から各登場人物に衣装が降ってくるという演出になっていたのかと思います。
ドン・ジョヴァンニが地獄落ちしたあとに登場人物たちが衣装を脱ぎ捨てるので、そのマリオネットたちを操っていたのは、ドン・ジョヴァンニだった、ということになるのでしょうか。
そして、これは意図的なのか、実際、声楽陣もドン・ジョヴァンニ以外の歌手は、エルヴィーラ役のマリアンジェラ・シチリアだけがひとり精彩を放っていた以外は、各歌手があまり存在感を感じさせないものになっていました。
これが意図的だったとして、確かにそうなると、この荒唐無稽な筋書きのオペラが、見事にひとつの色彩でまとめ上げられた、ということにはなるのかもしれません。
ただ、いっぽうで、このオペラが持っている“ 悲劇と喜劇の複雑な二律背反 ”の美、その多層性のおもしろさは、かなり失われたように感じられました。
あの冒頭の序曲で、重々しい主題の存在感にたいして、抜けるような空を思わせるアレグロの存在感がなかったように。
舞台がずっと薄暗かったように、音楽的にも色彩が極力おさえられ、基本的には単色で描かれているかのようでした。
各歌手の存在感が希薄なので、特に第1幕後半では、音楽が停滞しているようにすら感じました。
こういうときは、一斉に客席で無意識な物音、つまり、姿勢を治したり、座りなおしたりする音が急に増えるのでわかります。
この抑制は、予想通り、ドン・ジョヴァンニの地獄落ちの場面で、オーケストラの強奏で解放され、クライマックスを形作るのですが、その演奏上の筋書きがあまりに予想されすぎて、劇的な効果はかなり減っていたと思います。
「来るぞ、来るぞ」と、3時間前から予告されているのですから。
モーツァルトの難しさ
というわけで、期待された完全舞台上演でのムーティの「ドン・ジョヴァンニ」は、私にとっては、期待を超えるものにはなりませんでした。
がっかりはしませんでしたが、高額なチケットを買ったわりには、これなら、以前聴いたヴェルディの「仮面舞踏会」の演奏会形式上演のほうが、圧倒的に素晴らしかったと思います。
これを観て思ったのは、やはりモーツァルトのオペラを一級品に仕上げるのは、巨匠といえども至難の業ということ。
歌手を揃え、演出家を選び抜き、さらには、過不足なく、ニュアンス豊かに舞台を支えるオーケストラが必要であって、そこまで整ってはじめて、ようやくモーツァルトの要求にこたえられる。
こう書いていて、ふと、チェリビダッケ(Sergiu Celibidache 、1912-1996)の至言を思い出しましたので、最後はその言葉で締めくくります。
「わたしが独裁者?モーツァルトこそ独裁者だ!」。

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