コンサートレビュー

ギドン・クレーメル79歳のトリオ公演を聴く~2026来日公演

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クレーメル、79歳。

チケット発売の時点では今回の来日が最後の機会かもしれないと一部で出ていたのですが、公演に足を運んでみると、パンフレットそのほかにそうした話は一切出ていないので、今後もまだ来日の可能性はあるのかもしれません。

いずれにしても、ヴァイオリン界の鬼才も、もう80歳目前。

結論から言えば、まさに老境に至った大家の残照を見るような公演でした。

ギドン・クレーメル トリオ公演2026

 

舞台袖から姿をあらわしたクレーメルは、そろそろとした足取り。

私が前回、彼の実演を聴いたのは、もう10年以上前のこと。

 

すっかり年齢を重ねた彼の姿に少し驚きました。

先鋭的な印象のクレーメルも、ふつうに歳をとるのだと、そんな当たり前のことを感慨深く思いました。

 

クレーメルらしいプログラム

 

それでも、プログラムは以下の通りで、さすがに尖ったものです。

2026年5月1日(金)19:00
@サントリーホール 小ホール

ペルト:モーツァルト・アダージョ

ペルト:アリーナのために※
坂本龍一:Andante※
ショパン:幻想ポロネーズ変イ長調Op. 61※
※=ピアノソロ

ギヤ・カンチェリ:ピアノ・トリオのための「ミデルハイム」

(休憩)

シルヴェストロフ:独奏ヴァイオリンのための「セレナード」
ベートーヴェン:ピアノ三重奏曲第7番 変ロ長調 Op. 97 「大公」

 

ベートーヴェンの「大公」のまえは、アルヴォ・ペルト(Arvo Pärt, 1935-)やギヤ・カンチェリ(Giya Kancheli, 1935-2019)など、クレーメルが積極的にとりあげてきた現代音楽がならびます。

実際、私自身もこうした現代音楽の作品の多くは、クレーメルを通して知りました。

後半にはウクライナのキーウ出身の作曲家ヴァレンティン・シルヴェストロフ(Valentin Silvestrov、1937-)の独奏作品を置いて、社会への明確な反戦のメッセージを込めるあたりも、クレーメルの面目躍如たるものです。

“ 戦争の苦しみの中にあるウクライナの人々への敬意と平和への祈りを込めて演奏いたします ”

とパンフレットにクレーメルの言葉がありました。

 

前半は、今回のトリオでピアノを弾いている31歳の若いピアニスト、ゲオルギス・オソーキンにスポットライトが当たるよう、ピアノ・ソロ曲に相当な時間が割かれていて、これもまた、若手音楽家をずっと育ててきた彼らしい配慮になっていました。

 

クレーメルと老い

 

さて、実際に演奏が始まってみると、もともと弱音を重視し、かすれた音までも多用する彼らしい演奏になっていますが、やはり年齢による技術の衰えは確実にあって、以前聴いたときに感じた、圧倒的な技巧、突き抜けた純度を誇る音の美しさは、もう、私にはほとんど聴き取れませんでした。

 

誤解をあたえないようにしたいのですが、決してヨレヨレの演奏になっているわけではありません。

そこはさすがの大家であって、79歳でここまで弾ける奏者は世界に果たしてどれほどいるでしょうか。

 

それでも、記憶のなかにあった彼とのちがいは、あまりにも歴然としたものであって、私を落胆させるには十分すぎるものでした。

しかも、クレーメルの形づくる音楽の“ 純度 ”が非常に高いために、かえって、技術的な衰えが気になってしまいます。

 

メインディッシュのベートーヴェン:「大公」トリオがはじまって、その第一楽章が終わった段階で、すっかり落胆しきった私は、もう帰路につきたいとすら思いました。

 

室内楽の、老年の醍醐味

 

あまり書くべきではないかもしれませんが、世に引退のタイミングを見失ったまま演奏活動をつづける、かつての名手はたくさんいらっしゃいます。

果たして、クレーメルほどの大家でもそうなのか。

 

とんでもない。

実は、この公演にも固有の価値はあったのであって、クレーメルほどの見識のある、歴史的な大家がわざわざステージに出てきて音楽を聴かせるからには、やはり“ 意味 ”はあるものです。

この日、それは「大公」トリオの緩徐楽章ではっきりと姿をあらわして、私に深く、忘れがたい印象を残しました。

 

第3楽章、アンダンテ・カンタービレ。

この日チェロを弾いていたのは、クレーメルの主宰するアンサンブルでも永らく首席を務めているギードレ・ディルヴァナウスカイテ。

彼女のチェロは実に見事で、この三重奏を見事なまでに支えていました。

 

ゆったりとしたテンポのなかで、彼女のチェロに、クレーメルのヴァイオリンが訥々と、音を紡ぎ、響きを重ねていきます。

その光景は、寒い冬の日に、家の暖炉のまえで、老人がこどもへ慈しみ深く、優しく、語りきかせるかのような趣きがあり、音楽への慈愛があふれ出ているようでした。

 

抑制された、けれども、人肌のあたたかさを持つ響き。

決して流麗ではない、切りつめたフレージングは、虚飾を排し、老成した人物の素朴な語り口のようであって、生きた音楽の、自然な呼吸を感じさせます。

 

まさに落日の美しさ。

これを聴けただけで、この公演に足を運んだ甲斐があったと、心深く満たされました。

室内楽が与えてくれる音楽的充足、このジャンルのもっとも本質的な意味、固有の価値を味わった思いがしました。

そして、クレーメルが“ まだ ”舞台に立っている意味もまた、わかった気がしました。

 

君はわが憩い

 

「大公」が終わって、アンコールなどあっても蛇足になりそうで、もうこれ以上は不要だと思ったのですが、1曲だけアンコールがありました。

 

私の不安をよそに、これがまた、珠玉のひとときになりました。

響いてきたのは、シューベルトの歌曲「君はわが憩い Du bist die Ruh 」、そのピアノトリオ版。

ベートーヴェンの緩徐楽章で聴かれた抒情、そのエッセンスがそのままに、聴き手に届けられました。

 

ヴァイオリンがまず旋律を歌いきり、そのあとは、ヴァイオリンはお休みでチェロが歌って、というように、編曲が非常にシンプルで、それもまた今のクレーメルにあっていて、とても素晴らしかった。

このシンプル極まる、素朴な音符のなかに、クレーメルはどれほどの愛と慰めを詰め込んだことか。

それは、大家の中の大家だけが為しうるもので、それもきっと、年輪を重ねた人間だからこそ可能な音楽なのであって、心に深く、深く刻まれました。

 

年齢をかさねるなかで、失われたものも多くあるけれど、そのなかでさえ、また、新しく響きはじめたものがあるということ。

その余韻の美しさは、これから先もまだ、しばらく消えないように思われるほどです。

 

 

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