2021年はストラヴィンスキー没後50年の記念年。
ただ、ストラヴィンスキーといわれても、音楽好きでない人は名前すら初耳かもしれません。
かろうじて、『火の鳥』という題名は、手塚治虫の漫画を通して知っているかもしれないくらいでしょうか。『火の鳥』はストラヴィンスキーの初期のバレエ音楽のタイトル。このバレエからインスピレーションを得てうまれたのが、手塚治虫の同名作品になります。
往年の漫画家の人たちはクラシック愛好家がたくさんいます。『天才バカボン』を書いた赤塚不二夫さんも、初めて手にしたギャラで買ったのは、確かメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲のLPレコードだったと何かのインタビューで答えてらした記憶があります。
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ストラヴィンスキーの作風
今回ご紹介するイーゴリ・ストラヴィンスキー(1882-1971)は、『火の鳥』『ペトルーシュカ』『春の祭典』という三大バレエでとりわけ有名なロシアの大作曲家。
“カメレオン”と呼ばれたほど、作風の変化が激しかった天才で、作風は大きく分けて3つに分類されています。
1:原始主義時代(デビュー~1920年ごろ)
2:新古典主義時代(1920年ごろ~第2次世界大戦のおわり)
3:セリー主義、12音技法(終戦~)
このことで連想されるのが、ほとんど同じ時代を生きたパブロ・ピカソ(1881-1973 ※ストラヴィンスキーが1882-1971)。彼もまた、青の時代、バラ色の時代、キュビズム、…と作風が千変万化した天才でした。
ストラヴィンスキー、ピカソ、それぞれの新古典主義
今回ご紹介する『プルチネルラ』は、1920年に発表された、ストラヴィンスキーの新古典主義時代の幕開けをかざったバレエ音楽です。
1920年というのは、つまりは1919年のベルサイユ条約の翌年ですから、第1次世界大戦の終結直後という時期。
人類が起こしてしまった世界規模での戦争がおわって、フランスの詩人ジャン・コクトーが“ 秩序へ帰れ ”と提唱したとおり、芸術家たちは混乱から秩序へと、自然に回帰していきます。
ピカソもストラヴィンスキーも、ほぼ同時期に、それぞれの「新古典主義」時代をむかえているのは偶然ではないのでしょう。
そして、この天才ふたりが共同作業を行うことになったのが、バレエ『プルチネルラ』でした。
これを企画したのは、当時の文化史に多大な足跡をのこしているロシアの伝説の興行師ディアギレフです。彼はロシア・バレエ団を創設して、パリにおいてさまざまな革新的ステージを上演、文化史に偉大な足跡をのこしています。
ディアギレフはストラヴィンスキーに、イタリアの昔の作曲家ペルゴレージの旋律をつかった大編成オーケストラ用のバレエ音楽を書くように依頼、そして、その舞台美術・衣装をピカソに依頼しました。
なんとも、すごい時代です。
けれど、ストラヴィンスキーが書き上げてきた曲は、注文にあった大編成用ではなく、小編成オーケストラ用の音楽でした。もちろん、ストラヴィンスキーには音楽的な確信があったはずで、実際、上演は大成功。現在も彼の代表作のひとつとして、繰り返し演奏されている人気曲です。
ストラヴィンスキー入門にも最適な『プルチネルラ』
ストラヴィンスキーの代表作は何といっても三大バレエ音楽につきるんですが、はじめてストラヴィンスキーに触れるという方は、この『プルチネルラ』から入ってもいいかもしれません。
何といっても、これはとっても聴きやすい音楽です。ここから入って、彼の代表作『春の祭典』などへ進むと、その作風の違いにびっくりしたり、楽しんだりできるはずです。
私はストラヴィンスキーの作品、後期の作品までふくめて好きな曲がたくさんあります。そのなかで、いちばんよく聴くのはどれかとなると、おそらくこの『プルチネルラ』です。聴いていて、とっても心が軽くなる音楽なんです。何か気分が晴れないときには、自然と聴きたくなる音楽です。
どの曲もイタリアの突き抜けるような青い空を思わせる音楽。イタリアを思わせるのは、やはり原曲がペルゴレージやガッロという、イタリアの作曲家の音楽によっているからでしょう。
戦争のつめ跡のなかで、この爽やかな音楽が鳴り響いたときには、いったいどれほどの驚きと輝きがあっただろうと思います。第1次世界大戦のあとに、こうした清々しい、清涼剤のような音楽が生まれたということにも、心を動かされます。
吹き抜ける風のような俊敏な音楽のなかにも、心地よさととなり合わせで、いつもどこか感傷的な響きがしているように聴こえてくる作品です。
私のお気に入り
この曲はその人気を裏づけるかのように、歌も入るバレエ音楽版、オーケストラだけで演奏する組曲版、さらにチェロやヴァイオリン用にアレンジされた『イタリア組曲』と大きく3種類のバージョンがあります。
初めてこの曲に親しむ方は、オーケストラだけの組曲版から聴きはじめるといいと思います。
オーケストラだけで演奏する組曲『プルチネルラ』
まずはそのコンサート用の組曲版からご紹介。
この曲は書ききれないほど良い演奏があります。是非いろいろな演奏で楽しんでください。
まず、ピエール・ブーレーズ指揮ニューヨーク・フィルの演奏。
ブーレーズは作曲家としても著名なフランス人。知的で情感を排した演奏をすることの多かったブーレーズですが、ここではきわめて精緻なだけでなく、とっても瑞々しい音楽をやっています。胸にせまるものがあります。
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ネヴィル・マリナー指揮アカデミー・オブ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズは、上のブーレーズに比べたら、はるかにリラックスした自然な演奏。
考えて作ったところのない、素直に演奏している良さが存分に楽しめます。リンクしたアルバムは、ストラヴィンスキーの主要作品を良い演奏でおさめているオムニバス・アルバムで、ストラヴィンスキー入門にも最適なものです。
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指揮者なしで演奏するアメリカのオルフェウス室内管弦楽団は、いつも通りの精妙なアンサンブルでさわやかに演奏していて心地よい響きを聴くことができます。私が初めて『プルチネルラ』を聴いたのは、彼らの演奏を通してでした。すばらしい演奏で、すばらしい出会いを作ってもらいました。
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ヘルベルト・ケーゲル指揮ドレスデン・フィルの演奏もお薦めです。アンサンブルが何か澄み切った透明さをもっていて、一度聴くと心に残るとても良い演奏です。
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本当はオットー・クレンペラー指揮フィルハーモニア管弦楽団の演奏を筆頭にご紹介したかったのですが、オンライン配信が見つかりませんでした。
ですので、こちらはCD番号だけのご紹介(JANコード 4988006803695、品番 TOCE-55447、下の画像はAmazonの商品ページにリンクしてありますので、中古在庫があったら是非手に入れてみてください)。
ゆったりとしたテンポで、この曲の愉悦から悲哀まで、何もかもを描き出しています。
大人の名演奏。
歌も入るバレエ音楽『プルチネルラ』
次に、声楽が入るバレエ音楽全曲版です。
これもピエール・ブーレーズが指揮するアンサンブル・アンテル・コンタンポランがすばらしいです。ブーレーズはこの曲と相性がいいようで、妙に美しいです。
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クラウディオ・アッバード指揮ロンドン交響楽団は、まず声楽の扱いがさすがオペラで活躍したアッバード。声楽が入ることに抵抗のある方は、是非、この演奏を聴いてみることをお薦めします。管弦楽も非常に軽く小気味よく、すっきりとした風合いになっています。
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『プルチネルラ』を編曲した『イタリア組曲』
さて、おしまいに『イタリア組曲』です。
この編曲はストラヴィンスキーから当時の大チェリスト、ピアティゴルスキーへ共同で編曲をしようと依頼がなされました。
編曲作業のお代として「50% : 50%、ヒフティーヒフティーでどうだ?」とストラヴィンスキーはもちかけたそうです。
当時は、原曲の作曲家が90%、残りの10%を編曲者というのが常識だったそうなので、ピアティゴルスキーは50%ももらえるのかと大喜びで引き受けたんだそうです。
ところが、ふたを開けてみたら編曲者の10%をヒフティーヒフティーということだったようで、5%しか代金をもらえなかったそうです。
お金好きを感じさせるストラヴィンスキー、さらには、それを笑い話でおわらせている大物ピアティゴルスキー、何ともおおらかな時代を感じさせるエピソードです。
チェロ版には、そのピアティゴルスキー自身の録音があります。
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最後にヴァイオリン版。
これはビクトリア・ムローヴァとカティア・ラベックが共演したものを。ムローヴァらしい冷静なアプローチですっきりとした音楽になっています。
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