“ キング・オブ・フォルテピアノ ”と称される、オランダのフォルテピアノ奏者ロナルド・ブラウティハム(ブラウティガム)が2022年11月に来日しました。
その際のリサイタルのライヴ録音が、NHKラジオ「らじるらじる」で配信されているのを聴きました。
私はここで放送された公演とは別日の公演(プログラムは同じ)を聴いていて、こうしてラジオ放送であらためて聴いて、いろいろと思うところがあったので、つづってみたいと思います。
目次(押すとジャンプします)
プログラム
NHKらじるらじるの放送では、トッパンホールでの11月29日のライヴ録音が放送されましたが、私が聴いたのはその前日、2022年11月28日(月)14:00~、武蔵野市民文化会館でおこなわれた公演です。
プログラムは以下の通りでした。
ベートーヴェン:エロイカ変奏曲(15の変奏とフーガ 変ホ長調)
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第23番ヘ短調「熱情」
※前半プログラムはアントン・ヴァルター・モデルで演奏
(休憩)
シューベルト:ピアノ・ソナタ第21番変ロ長調D960
【アンコール】
シューベルト:「楽興の時」第3番
ベートーヴェン:エリーゼのために
※後半はグレーバーで演奏
会場に着いてみると、ステージ上には2台のフォルテピアノが並んで置かれていました。
2台のフォルテピアノを弾き分けるという趣向はチラシに書かれていたのでわかっていましたが、私はてっきり、舞台転換などで楽器の出し入れがあるのかと思ったので、並んで置かれている光景に、ちょっとおどろきました。
前半は舞台向かって左手に置かれたアントン・ヴァルター・モデルで、後半は舞台向かって右に置かれたグレーバーを使って演奏が行われました。
ラジオ放送と実演のちがい
FMの放送を聴いてみて、やはり、マイクで収音された音源と実演とでは、まったく印象がちがう、というのがすぐに感じたことです。
率直に言えば、私は生演奏で彼のリサイタルを聴いて、あまり感心せずに帰路につきました。
勉強になったこともあったので、ブログの記事にしようかとも思ったのですが、あまり筆が進まず、途中で破棄してしまいました。
でも、こうしてFM放送で聴くと、ブラウティハムが実にいろいろなことをやっているのがわかりますし、彼がフォルテピアノの王様と称されるのも納得されました。
私が聴いた武蔵野市民文化会館は、室内楽を聴くのにとても適した素晴らしいホールなんですが、フォルテピアノを聴くとなると、もっともっと響く、残響がやや多過ぎるくらいのホールのほうがよかったのかもしれません。
特に、シューベルトの最後のソナタは、実演で聴いていたときには、あまりに淡泊で、詩的情緒に不足した演奏に聴こえました。
第2楽章なんて、よくこんなにつまらなく演奏できるものだと辟易したのですが、放送で聴くと、そういった印象が全くないことに驚きます。
同じ日の公演ではないので、演奏そのものがちがうという可能性もなくはないですが、おそらく、実演とマイク収録の音の響きのちがいが一番大きいと思います。
そもそもの音量が小さなフォルテピアノですから、この楽器を聴くなら、ホールをかなりデリケートに選ばなければいけないのだ、というのはとても勉強になりました。
ラジオから聴こえてくる音楽は、私が会場で聴いていた音楽よりも情報量がずっと多くて、ずいぶん多くの響きが、客席に届く前の段階で失われてしまっていたのかもしれないと感じます。
まったく繊細な楽器のようです。
実演で学んだこと
ただ、生演奏で触れたからこそ得たもの、つまり、放送ではあまり伝わってこなかった面もありました。
それは、ベートーヴェンの「破壊的なまでの革新性」です。
現代のグランドピアノから比べたら、はるかに“ 華奢(きゃしゃ) ”な造りと言ってもいいフォルテピアノ。
生演奏で聴くと、ほんとうに「華奢」という言葉がぴったりで、でも、ベートーヴェンはその楽器に「壮絶な音楽」を背負わせていました。
ものの例えではなく、言葉通り、暴力的なまでの強い音の連続に「楽器が壊れるんじゃないか」と不安になるくらいでした。
ブラウティハムの打鍵の強さもあるのでしょうが、その“ 破壊的 ”なまでのベートーヴェンの創造性を、実演だからこそ、はっきりと、物理的なレヴェルで、肌に感じました。
ハイドンがベートーヴェンの若き日の作品を聴いて、ある種の「危険性」を感じて批判したというのは、何もハイドンが保守的だったからではないのだと思いなおしました。
この繊細な楽器から、「熱情ソナタ」のような極限の表現を引き出そうと発想されたことが、いかに尋常ならざる才気であるかということを、はっきりと印象付けられました。
シューベルトのこと
シューベルトについても、気づいたことがありました。
実演で聴くフォルテピアノのシューベルトは、部分的にはとても美しいものの、やはりだんだんと響きの淡泊さが表面に出てきて、そのうち冗長さが感じられてきました。
当時の楽器の限界を考えると、シューベルトが生きていた時代、当時の聴衆がシューベルトをあまり理解できなかったとしても、むしろ自然なことのように感じられました。
ベートーヴェンが常軌を逸していたように、シューベルトの音楽もまた、楽器の限界を超えるカンタービレ、響きの濃密な陰影が求められていて、彼もまた異端だったのだと気づきました。
彼の音楽性をしっかりと評価していたシューベルティアーデの面々は、きっと、ほんとうに優れた耳を持っていたのでしょう。
ラジオ放送で聴くブラウティハムのシューベルトは、ベートーヴェン同様、いろいろな音楽が聴こえてきます。
これをいつか、生演奏でしっかりと味わってみたいものです。
次は、ホールの残響がやや強めなところを選んで聴いてみたいと思います。
音源紹介
「ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ全集」Amazon
ブラウティハムはすでにベートーヴェンのソナタ全集を録音済みで、それはオンラインでも聴くことができます。
今から10年ほど前の録音ですが、解釈が大きく違うという印象はありません。
現在聴かれる演奏よりも、さすがに表現が若々しく、ストレートで、より躍動的な魅力を放っています。
ベートーヴェン:エロイカ変奏曲(15の変奏とフーガ 変ホ長調)はこちらのアルバムに収録されています。
( Apple Music↑ ・ Amazon Music ・ Spotify ・ Line Music などで聴けます)
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第23番ヘ短調「熱情」はこちらのアルバムに収録されています。
( Apple Music↑ ・ Amazon Music ・ Spotify などで聴けます)
そして、アンコールで演奏された、「エリーゼのために」はこちらのアルバムに収録されています。
( Apple Music↑ ・ Amazon Music ・ Spotify ・ Line Music などで聴けます)
シューベルトのソナタについては、2022年12月現在、まだ録音はないようです。
オンライン配信の音源の聴き方については、「クラシック音楽をオンライン(サブスク定額制)で楽しむ~音楽好きが実際に使ってみました~」のページでご紹介しています。
お薦めのコンサートについては、自分の経験と主観を頼りに選んだコンサート情報を「コンサートに行こう!お薦め演奏会」のページで紹介しています。