シリーズ〈交響曲の名曲100〉、その第14回はモーツァルトの最後の交響曲、第41番『ジュピター』です。
このシリーズでは、交響曲という形式で書かれたクラシックの名曲の数々から、是非とも聴いてみてほしいものをピックアップしてご紹介しています。
クラシック初心者の方にいきなりCDを買ってくださいというのは無理があると思うので、オンライン配信でアクセスしやすいものを中心に、後半で音源紹介もしています。
さて、このシリーズ第3回から登場してもらったモーツァルト。
今回は第41番『ジュピター』、彼の最後の交響曲です。
この曲をもって、私たちはこのモーツァルトの世界を後にしなければなりません。
目次(押すとジャンプします)
モーツァルト最後の交響曲
モーツァルト(1756-1791)が初めて「交響曲」というジャンルに作品を書いたのは1764年、8歳のとき。
それが交響曲第1番K.16です。
それから時がたって、32歳、1788年8月10日に第41番『ジュピター』K.551が完成されます。
彼はその後、オペラなどの作曲へ移っていたので、亡くなるまでの残り3年半ほどのあいだ、交響曲の世界に戻ってくることはありませんでした。
題名になっている『ジュピター』というのはニックネームで、モーツァルト自身の命名ではありません。
音楽史のなかで興行師として有名なペーター・ザロモンが、ローマ神話の最高神からとって、この曲をそう呼んだことに始まるようです。
このザロモンについては、いつかハイドンのときに触れることになる、重要な人物です。
この『ジュピター』というニックネームについては、おそらく誰も何の異論もないほど、見事にこの音楽の偉大さ、崇高さを表していると思います。
そして、ハ長調という調性も。
♯も♭もない、まっさらな調で、この最後の交響曲が書かれたのは偶然なのでしょうか。
まさに、『ジュピター』の名前の通り、すべての上に君臨する全能の神のように、はるかな高みにある音楽です。
最初と最後の交響曲をむすぶ“ ジュピター音型 ”
この曲のフィナーレには「フーガ」という形式が採用されていて、いわば旋律の追いかけっこ、様々な旋律が入り乱れる対位法という古典的な形式がとられています。
その主旋律の出だしが「ドーレーファーミー」という音型で、これは通称“ ジュピター音型 ”と呼ばれています。
この音型については、後世、やはり交響曲の大家であったブラームスとその師シューマンに絡んだ話があって、それは以前別の記事でも書いたんですが、彼らの交響曲の調性を並べていくと、どちらもジュピター音型になるんです。
このことについて、2人は何も発言を残していないようなので、偶然なのか意図的なのかは謎のままになっています。
この音型は、モーツァルトが好んだ使った音型のひとつですが、何より驚くのが、このジュピター音型がモーツァルト8歳、彼の最初の交響曲第1番K.16にも使われていることです。
最初の交響曲と、結果的に最後となった交響曲に共通のモチーフが入っているということ。
記憶力の抜群の人だったモーツァルトのことなので、きっと子どものころ書いた最初の交響曲に、このモチーフを使ったことは覚えていたでしょう。
モーツァルトはこの曲を書いてすぐに亡くなったわけではありません。
まだ、このあとも3年半もの月日が残っていました。
そこで彼は歌劇『魔笛』や、さらには未完となる『レクイエム』などの作曲に没頭するわけです。
つまり、この第41番が「交響曲」のジャンルへの最後の作品になってしまったのは、そういう意味では、偶然というか、結果論なわけです。
けれども、この曲には、決してそれが偶然には感じられないような何かがあります。
はっきりとこのジャンルでの創作が完成された、何か絶対的なところまで到達された感じがします。
そして、交響曲第1番のジュピター音型とのつながり。
まるで、始めと終わりが円で結ばれたかのように完結された光景。
モーツァルトは、これが彼の最後の交響曲になると知っていたんでしょうか。
何か不思議な、人知を超えたものを感じます。
🔰初めてのジュピター
全4楽章で、およそ30分ほどの演奏時間です。
全編聴きどころですが、やはり第4楽章の奇蹟のようなフーガから聴き込んでみてください。
“ ドーレーファーミー ”というジュピター音型を耳で追いかけ続けてみると、モーツァルトの作曲技法の凄まじさを体感できます。
これまで紹介してきた交響曲のほとんどが、音楽的重点は第1楽章にあって、フィナーレは爽快に晴れやかに過ぎ去っていくものでした。
けれど、モーツァルトはこの『ジュピター』で、明らかにクライマックスをフィナーレに移しています。
こうして、フィナーレにその音楽の頂点、結論のようなものが置かれるスタイルは、以後の作曲家たちに大きな指針を与えました。
このあと登場するベートーヴェンなどの交響曲作家たちの多くが、この影響を大きく受けることになります。
モーツァルト
このシリーズでは、何度もモーツァルトを紹介してきました。
第25番ト短調にはじまって、優美な第29番、遊び心のある第31番『パリ』、セレナードから生まれた第35番『ハフナー』、流麗な第36番『リンツ』、『フィガロの結婚』と結びつく第38番『プラハ』、それから最後の3大交響曲に入って、前々回の第39番と前回の40番。
「今日の私たちは、モーツァルトのように純粋な音楽を書くことは出来なくなってしまった。せめてモーツァルトのように純粋に書こうとすることができるだけだ」とブラームスが述べているとおり、音楽のもっとも純粋なものが結晶化したもの、それがモーツァルトの音楽でしょう。
こうしてモーツァルトの交響曲の世界をあとにするについて、その最後に浮かぶ言葉は、やはり、あのとても有名な言葉です。
“ モーツァルトは、音楽それ自体である。 ”
私のお気に入り
《カール・ベーム指揮ベルリン・フィルハーモニー、ウィーン・フィルハーモニー》
その晩年に、日本で爆発的人気だったオーストリアの巨匠カール・ベーム。
彼はドイツの名門ベルリン・フィルハーモニーと、1960年代を中心にモーツァルトの交響曲全集を録音しています。
その全集のなかでも第41番は飛びぬけていいものになっていて、まさに“ 伝馬空を行く ”という言葉がぴったりの演奏。
後年のゆったりとしたテンポとは違って、爽快なテンポが設定されています。
達人の、迷いのない筆の運び。
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ベームはその後、1976年に、今度はウィーン・フィルと『ジュピター』を録音しています。
1894年生まれの指揮者なので、録音時すでに80歳を超えていたわけですが、音楽がまったく弛緩することのない、ひとつの理想が実現されたと言っていいような名演奏が刻まれています。
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《ブルーノ・ワルター指揮コロンビア交響楽団》
上でご紹介したカール・ベームにモーツァルトの素晴らしさを開眼させたのは、この大巨匠ブルーノ・ワルター(1876-1962)だったそうです。
ワルターは、あの大作曲家マーラーの直弟子という、私たちが録音でアクセスできるいちばん古い世代の指揮者のひとり。
長生きだったおかげで、たくさんの素晴らしい録音が残されています。
とりわけモーツァルトは、彼の最も得意とする作曲家のひとりであり、素晴らしい演奏ばかりです。
このジュピターでも、神聖な名演奏が刻まれています。
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《ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニー》
カラヤンは、モーツァルトを演奏するときに、確信犯的に大編成のオーケストラをとにかく壮大に鳴らしています。
そこがよく批判の対象とされますけど、私はこのカラヤンの描く壮麗なモーツァルトも大好きです。
響きがスケール豊かなだけでなく、音楽の展開や形式がやはりはっきりと伝わってくるということ。
そして、それが大編成のオーケストラによって、芳醇なスケールをもって響いてくるということ。
カラヤンとベルリン・フィルだから実現できたモーツァルトが、ここにあります。
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《オイゲン・ヨッフム指揮ボストン交響楽団》
ドイツの巨匠オイゲン・ヨッフムには、晩年期にバンベルク交響楽団と録音した素晴らしい録音もありますが、アメリカのボストン交響楽団と録音したものも素晴らしいです。
木管楽器の抜けの良い響きは、アメリカのオーケストラというよりヨーロッパの古参のオーケストラのよう。
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《ロジャー・ノリントン指揮シュトゥットガルト放送交響楽団》
今年2021年11月に引退したノリントン。
このイギリスのユーモアあふれる指揮者は、ここでもとても陽性なジュピターを展開しています。
古楽奏法による、屈託のない明るい演奏で、大円団ともいえる終楽章まで見事な演奏です。
このアルバムでは冒頭に交響曲第1番が演奏されていて、モーツァルトの最初と最後の交響曲を一度に味わえます。
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《ハンス・シュミット=イッセルシュテット指揮 北ドイツ放送交響楽団》
コロナ禍の時代になって、世界各地のオーケストラがYouTubeの活用に積極的になっています。
そんななかでお宝映像が突然アップされるのがNDR(以前の名称は北ドイツ放送交響楽団、現在はNDRエルプ・フィルハーモニー)の公式サイトです。
『ジュピター』については、ドイツの名指揮者であり、このオーケストラの初代の指揮者であるハンス・シュミット=イッセルシュテット(1900-1973)との貴重な映像がアップされています。
放送局のオーケストラだけあって、古いモノクロ映像なのにとてもきれいですし、音も聴きやすいです。
モーツァルトをもっとも愛したというシュミット=イッセルシュテットが、格調高いジュピターを奏でています。
棒が非常に明晰で美しいです。
(YouTubeで視聴できます↓)