私の父はかつて入院することになったとき、CDをいろいろと持って行きました。
入院中、「結局いちばん聴いてて安心できるのは、行進曲のアルバムだ」と父は言っていました。
そう、行進曲を聴きながら落ち込むというのは、結構むずかしいこと。
行進曲は自然に前向きになれる音楽。
というわけで、今回は「前を向きたいときに聴く。行進曲アルバムのお薦め」というテーマで、7枚のアルバムを選んでみました。
目次(押すとジャンプします)
なんとピアノ1台での『星条旗よ永遠なれ』
スーザ:『星条旗よ永遠なれ』
ウラディーミル・ホロヴィッツ(piano)
(AppleMusic↑・Amazon Music・Spotify・LineMusicなどで聴くことができます)
これは「行進曲アルバム」ではないのですが、どうしても紹介したいので。
スーザ:行進曲『星条旗よ永遠なれ』を、なんとピアノ1台で弾いているものです。
アメリカが生んだマーチ王、スーザ作曲の行進曲『星条旗よ永遠なれ』は、私が小学生のころ夢中になった音楽のひとつでした。
特に途中、トロンボーンが強烈に入ってくるところが大好きでした。
当時私が通っていた小学校では、体育館で生徒集会をすると、決まって生徒の退場時に『星条旗よ永遠なれ』が大きな音でスピーカーから流されました。
今思うと、普通の公立小学校で珍しい光景というか、なかなか良いセンスをしていた学校だなと感心するのですが。
小学4年生のころ、その音楽を流す役がたまたま回ってきました。
生徒集会がおわって、担当の先生とふたりであと片づけをしていたときに、「先生、この曲をもう一回ひとりで聴いてもいいですか?」とお願いをしてみました。
先生はびっくりした様子で「おぉ、お前はこういうのが好きなのか!じゃあ、特別な」と笑って許可してくれました。
当時は曲名すら知りませんでしたが、広い体育館のなか、小学生の私はひとり、大きな音で『星条旗よ永遠なれ』を聴いて、至福の数分間を過ごしました。
本題に戻ると、ここにご紹介するのは、20世紀の最大のピアニストのひとり、ウラディーミル・ホロヴィッツ(1903-1989)がアメリカのカーネギーホールでアンコールとして弾いた、ピアノ1台によるスーザ:行進曲『星条旗よ永遠なれ』です。
ピアノ1台とは思えない、ものすごいスケールで聴かせてくれます。
このアルバムに収められているリサイタルは、冒頭がハイドンで始まって、繊細なブラームス、ショパンと進んで、後半にムソルグスキーの『展覧会の絵』というプログラム。
前半の精妙な表情から後半の開放的なピアニズムまで、振幅のはげしい圧倒的な記録です。
このアンコール『星条旗よ永遠なれ』を聴いてから冒頭のハイドンに戻ってみると、まるで別の人が弾いているような錯覚におちいります。
なるほど、このピアニストが何度も心身のバランスを崩して、演奏活動を中断した理由がわかるような気がします。
とてつもない緊張感、尋常ではない集中力をもって、ピアノを弾いていることがわかります。
この人のピアノを聴くといつも思うんですが、ピアノというのはここまでのことが出来るものなんだと、思い知らされるリサイタルです。
一仕事終えたホロヴィッツが、開放的な気分で、凄まじい『星条旗よ永遠なれ』を弾いています。
アメリカ的、華麗なるマーチ・アルバムの王様
“ Bernstein Conducts Great Marches ”
『バーンスタイン指揮の名行進曲集』
レナード・バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィル
( Apple Music↑・Amazon Music・Spotify・Line Music などで聴けます)
ミュージカル『ウエストサイドストーリー』の作曲家としても名高い、アメリカの音楽家レナード・バーンスタイン。
彼はクラシックの指揮者としても、音楽史に燦然と輝く存在です。
『ウエストサイドストーリー』から知った人は驚くかもしれませんけど、彼はクラシック畑の音楽家で、ピアニスト、作曲家にして大指揮者なんです。
そんな彼が指揮者を務めていたニューヨーク・フィルと作った名アルバムのひとつが、このスーザを中心としたマーチ・アルバム。
オーケストラが演奏する行進曲の“王道”のアルバムといっていいくらい、たいへん有名なアルバムです。
バーンスタインとニューヨーク・フィルという黄金コンビが、行進曲の数々を輝かしく、颯爽と演奏しています。
もう「水を得た魚」という感じで、伸び伸びと溌剌とした演奏が連続します。
特に『星条旗よ永遠なれ』は、彼らの独壇場といっていいくらい。
我が家には、私が小学5年生のときにこのCDがやってきて、何度も聴いて、今も聴いて、今後もずっと聴くと思います。
スーザ以外で、このアルバムで特に好きな曲のひとつが、ツィマーマン『錨をあげて “ Anchors Aweigh ” 』。
小学生のときに鼓笛隊のリコーダーでこれを吹きましたが、この本物の『錨をあげて』を聴いて、こんなにカッコイイ行進曲だったのかと、そのちがいに驚いて、一時期、夢中になりました。
ドラムロールが好きな人にはたまらない好企画盤
『’76年の精神、ファンファーレとドラム』
フレデリック・フェネル指揮イーストマン・ウィンド・アンサンブル
( Apple Music↑・Amazon Music・Spotify・Line Music などで聴けます)
小学生が鼓笛隊などを運動会でやるときに、意外と耳を奪われるのが、曲と曲のあいだの小太鼓や大太鼓による「ドラム・ロール」だったりします。
かなりの人数で叩かれる、ふぞろいで、けれど、勢いは抜群の太鼓の響きは、とても魅力的です。
アルバム『’76年の精神』は、元祖吹奏楽コンビと言われる、フェネル指揮イーストマン・ウィンド・アンサンブルによる企画盤。
フェネルは東京佼成ウインドオーケストラの指揮者もされていたので、吹奏楽部に入っていた人にはきっと懐かしい方。
現在のいわゆる“吹奏楽”というスタイルをはっきりと確立されたのが、実はこのフレデリック・フェネル(1914-2004)氏です。
題名の“The Spirit of ’76”『’76年の精神』の’76というのは1776年、アメリカ独立宣言時のこと。
(1775年がアメリカ独立戦争のはじまり。“松嶋菜々子(775)が独立戦争”という語呂合わせで覚えます。)
これはコンサート用マーチの真逆、実用のための、軍隊のための行進曲をひたすら録音した珍しいもので、数十秒ほどの長さのマーチ、そして、ドラムロールが60曲以上ひたすら収録されています。
マニアックな部類のアルバムですけど、聴いてみると、不思議とずっと聴いていられる、とっても面白いアルバムです。
名門ブラスバンドによる王道のアルバム
“ Sousa Marches ”
『スーザ行進曲集』
フィリップ・ジョーンズ・アンサンブル
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ブラスバンドの王様といわれている、フィリップ・ジョーンズ・ブラス・アンサンブルによるスーザ・アルバムです。
この著名なアンサンブルは、イギリスのトランペット奏者フィリップ・ジョーンズ(1928-2000)が結成した金管楽器のアンサンブルで、ブラスバンドの地位を飛躍的に高めた団体として音楽史に名前を残している団体。
管楽アンサンブルによる行進曲集としては、これがやはり群を抜いて素晴らしいと思います。
晴れた休日、屋外で爽やかなマーチング・バンドの演奏を聴いているような、楽しい気分にさせられます。
美しい音色、爽やかなテンポ、完璧なアンサンブル。
そして、選曲もよくて、15曲で40分ほどというアルバムの長さもちょうどいいです。
このアンサンブルの主催者でトランペット奏者だったフィリップ・ジョーンズは、1986年に自分のトランペット・ケースを間違って自分の車でひいてしまいます。
そこに何かを感じた彼は、それを機に現役引退を決断、フィリップ・ジョーンズ・アンサンブルも解散となりました。
北欧の軍楽隊によるとても高水準なマーチ集
『 STRIKE UP THE BAND 』
スウェーデン王立空軍軍楽隊
(AppleMusic、AmazonMusic、Spotify、LineMusic、そして、CDなどで聴くことができます。)
スウェーデン王立空軍軍楽隊が、とっても素晴らしい演奏を聴かせてくれるアルバム。
シンフォニックに演奏されていて、数ある吹奏楽によるマーチ・アルバムのなかでも、美しさで出色の出来栄えです。
吹奏楽で行進曲アルバムを探していらっしゃる人には、これがファーストチョイスでもいいのではと思います。
聴いていて、とっても爽やかで、かつ、穏やかな気持ちになれます。
こうした行進曲集となると、アメリカ型のサウンドのものが多いのですが、この北欧のバンドはとてもヨーロッパ的。
そこがこのアルバムの面白さであり、価値だと思います。
派手さよりも美しさを重んじているのがわかる、やわらかな響きが美しい演奏。
それから、アルバムの選曲がいいです。
曲目が多彩で、世界中の有名行進曲をいろいろと楽しめます。
チェコのフチークの作品のように、題名よりメロディーの方が有名なものも入っていて、「あ、この曲聴いたことある!」という楽しみがきっとあります。
おしまいに収録されているリンケ作曲の『ベルリンの風』は、以前別の記事でご紹介した名門ベルリン・フィルが夏休み前に行うヴァルトビューネ野外コンサートのアンコールで演奏し、聴衆が口笛で参加する光景が有名な曲。
ベルリンの街並みが映る番組などを見ていると、街なかでこの曲が流れているのがうっすら聴こえてきたりするので、実際、ベルリン市民にはおなじみの行進曲なんだと思います。
クラシック・ファンにもおなじみのこの『ベルリンの風』、じつは意外と録音がない一曲だったりします。
その意味でも、このアルバムはとっても貴重。
大推薦!ずーっとスーザ、スーザ、スーザの夢のようなバレエ音楽
スーザ(ハーシー・ケイ編曲):バレエ音楽『星条旗』
ヘンリー・ルイス指揮ロイヤル・フィル
( AppleMusic↑・Amazon Music・LineMusic・Spotify などで聴けます)
これは行進曲好きには夢のような音楽です。
ひたすら、ずっとスーザの行進曲がメドレー形式でつながって、バレエ音楽になっている曲です。
たいていこういう曲はうまくいかないものですが、このアレンジは緩急自在、まったく飽きさせない名編曲になっています。
全曲でおよそ30分、スーザ、スーザ、スーザの連続。
短くてすぐに終わってしまう行進曲が、ここではお腹いっぱい聴けます。
この録音で指揮をしているヘンリー・ルイス(1932 – 1996)は、アフリカ系アメリカ人の名指揮者。
オーケストラ・トレーナーとしても抜群の腕前だった方で、この録音でも歯切れのよいアンサンブルをオーケストラから引き出しています。
ほとんど日本では注目されない指揮者ですが、忘れられるには惜しい、というか、決して忘れられていいはずがない、とても素晴らしい指揮者だと思っています。
彼とこの曲については、以前別の記事でもご紹介していて、そちらには彼の別の録音、それから、このバレエ『星条旗』のことをもう少し詳しく書いています。
帝王カラヤンとベルリン・フィルによる吹奏楽の行進曲集
“ Prussian and Austrian Marches ”
『プロシアとオーストリアの行進曲集』
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィル管楽アンサンブル
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派手なアメリカ型の行進曲に対して、ヨーロッパの行進曲というのは、もっと素朴な面があります。
そのことを教えてくれるアルバムのひとつが、天下のヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィル管楽アンサンブルによるこのアルバムです。
壮麗な演奏を展開する、いつものこのコンビの演奏を期待していると、肩透かしをくらいます。
実際、中学生のときに買って聴いたときには、地味で良さがわかりませんでした。
ところが、年齢を重ねれば重ねるほど好きになってきているのが、このアルバムです。
ここで聴かれる演奏は、とっても渋い、とってもヨーロッパ的な行進曲の演奏です。
オーストリアの田舎料理を何より好んだという、カラヤンの素朴な一面を思い起こさせる演奏が刻まれています。
カラヤンがどうしてこのようなアルバムを録音することになったのか、その経緯は知りませんが、さすがというか、第一級のアルバムがここに登場したわけです。
木管楽器は言うに及ばず、金管楽器まで音色が非常に素朴で、やわらかく、非常に奥行のある演奏が展開されています。
日本ではスーザの行進曲ほど演奏されないので、ほとんど耳にしたことがない音楽ばかりだと思います。
そんななかでも、
Wagner : Unter dem Doppeladler (ワグナー:双頭の鷲の旗のもとに)、
Fucik : Florentiner Marsch(フチーク:フローレンス行進曲)、
Teike : Alte Kameraden(タイケ:旧友)
などは、どこかで耳にしたことがるかもしれません。
是非そこから聴いてみてください。
というわけで、7枚のアルバムをご紹介しました。
どなただったか、海外のアスリート選手で、朝起きたときから、朝食を食べ、午前の練習メニューに入るまで、ずっと家じゅうに大音量で「行進曲」を流している方がいるというのを聞いたことがあります。
そのせいで、とにかく朝から家じゅうがみんな元気なんだそうです。
まさに、行進曲の力を知っている人です。