エッセイ&特集、らじお

【ショートエッセイ】古くて新しい古楽~アメリカの2団体が魅せる対照的なアプローチ

 

イタリアのバロック初期の作曲家で、ウッチェリーニという人がいます。

時代としては『四季』で有名なヴィヴァルディが生まれたころに亡くなった作曲家ですが、この人の曲に『ベルガマスカ』という人気作品があります。

短い作品で、とても爽やかな印象をのこす音楽です。

 

今回は、その同じ曲をアメリカの2つの団体がまったく対照的に演奏しているYouTube動画をご紹介します。

そのどちらもが素晴らしく、でも、まるで違うアプローチ。

クラシックの多様性、そして、古楽演奏の新しさを感じていただけるのではないかと思います。

 

古楽のこと

 

古楽というのは、モーツァルトやベートーヴェンの時代=古典派より前の時代の音楽を総称するときの呼び名です。

また、さらにそこから派生して、現在クラシックには大きく分けて2つのアプローチがあります。

1つはモダン・アプローチ、もう1つが古楽アプローチです。

 

モダン・アプローチは現代の楽器を使って普通に演奏する方法。

古楽アプローチは、作曲当時の楽器を使う、もしくは楽器は現代のものでも演奏方法を作曲当時の奏法にすることで、作曲された当時の響きを尊重する方法です。

 

例えば、古典派のベートーヴェンの曲を演奏するにしても、モダン・アプローチで演奏する団体と古楽アプローチで演奏する団体と、今はいろいろです。

20世紀半ばまではバッハであれベートーヴェンであれ、モダン・アプローチで演奏されるのが通常でしたが、今は、あきらかに古楽アプローチが主流派になっています。

 

Voices of Music の演奏

 

YouTubeで出会うまではまったく知らない団体でしたし、実際、ほとんどCDなども出ていないようです。

ただ、メディアはYouTubeを主体にしているのか、相当な量の動画があがっています。

 

最初聴いたときには、その肌触りのよさ、中庸をえているというか、どの音にも温もりを感じさせる演奏からヨーロッパ、さらに言えばオランダの団体だと思いました。

けれど、公式ホームページを見ると、意外なことにアメリカのサンフランシスコに本拠地を置く団体のようです。

 

では、その演奏をさっそくご覧ください。

どうでしょうか。

派手さよりも誠実さを感じさせる演奏。

作品そのものに語らせようという素直な方向性が感じられます。

わざとらしさがなく、どこまでも自然な音楽が好印象をのこす素敵な団体です。

 

端正で丁寧な造形、どんなに正確でもまったく機械的にならない、やわらかで温もりのある、等身大の響きが耳に届きます。

この『ベルガマスカ』も含め、どの演奏を聴いてみても、サンフランシスコに行ったら絶対に生演奏を聴いてみたいと思わせる、素晴らしい動画の連続です。

 

この団体はどれくらいの知名度を持っているんでしょうか。

私はそこまで古楽を熱心に聴いてこなかったので、もしかしたら古楽を日頃聴く方のあいだでは有名なのかもしれませんが、一般のクラシック・ファンは大半が知らないのではないでしょうか。

もっともっと聴かれるべき、優れた団体です。

 

Apollo’s Fire の演奏

 

この団体は、演奏を聴く前から「あ、きっとアメリカのグループだな」とわかります。


とにかく“見せる=魅せる”団体です。

入場からして美しい。

 

聴衆を高揚させる、魅せる入場をしてきます。

さすがエンターテインメントの国、良い意味で「演出」を知り尽くしている国の、面目躍如たる入場。

 

演奏もさきほどのVoices of Musicとは、同じ曲なのに与える印象がまったく違います。

華麗で、洗練されたセンスを感じさせます。

 

作品の躍動感を最大限に引き出していて、こちらも鮮やかな演奏です。

この時代の音楽を宗教音楽と世俗音楽とにわけるとしたら、より「世俗的」に捉えている演奏といえるかもしれません。

 

ちなみに、演奏している場所も開放的で素敵です。

これはアメリカのタングルウッドにあるSeiji Ozawa Hall、そう、「小澤征爾ホール」です。

 

日本人指揮者の小澤征爾さんは、ボストン交響楽団の音楽監督をほぼ30年務めました。

タングルウッドはボストン交響楽団が夏に音楽祭をやる場所。

長年の功績をたたえるものが、しっかりとアメリカに残っています。

 

富士山は東からでも西からでも登れる

 

ひとくちにクラシック音楽といっても、様々な音楽家がいて、それぞれがそれぞれの道を歩いています。

 

同じベートーヴェンの「運命」を演奏しても、演奏する団体によって、あるいは指揮者によって、まったく違う曲に聴こえてくるのが、クラシック音楽の素晴らしいところです。

 

音楽評論家の吉田秀和さんは、もしある作品が一通りの演奏の仕方しかできないとしたら、それは作品そのものに欠陥があるのだとどこかで書いてらっしゃいましたが、まさに至言だと思います。

音楽は目に見えない、形のないものだからこそ、多義性や多様性をもっているわけで、その多様なものにひとつの形を与えたという点で大作曲家たちの仕事は天才的なわけです。

 

もし何かお気に入りの曲ができたら、それを色々な演奏家の演奏で聴いてみてください。

こんな風にも演奏できたのかと曲の新しい美しさを教えてくれる演奏が見つけられるかもしれません。

クラシックを聴く面白さのひとつは、まさにそこにありますから。

 

このブログでも、同じ曲をなるべく複数の名演奏でご紹介していきます。

 

オランダの運河に響く合唱。みんなで歌える歌があるということ。~プリンセングラハト・コンサート前のページ

ショパンの名曲3作品を3人の名ピアニストで聴く~小さな試聴室次のページ

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