シリーズ【オーケストラ入門】、今回はスペインの作曲家ファリャの「恋は魔術師」をテーマにしました。
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激動の時代を生きたファリャ
マヌエル・デ・ファリャ(1876-1946)は、スペイン出身。
特に『恋は魔術師』と『三角帽子』の2つのバレエ音楽で名高い、スペインを代表する作曲家です。
その生没年からもわかるように、2つの大戦を生きた、まさに激動の時代の作曲家です。
1907年、30歳を過ぎたころにはパリに渡っていて、第1次世界大戦が始まる1914年までは、パリで活動していました。
彼の才能をすぐに認めてくれたのは、『魔法使いの弟子』で有名なデュカスだったそうです。
そこから交友関係は広がっていって、ラヴェル、ドビュッシーらとも親交を結びました。
しかし、そんななかで第1次大戦が勃発、これを機に母国スペインへ帰国します。
そして、この帰国のあと、『恋は魔術師』(1915年)や『三角帽子』(1917)といった、彼の代表作となるバレエ音楽が生まれています。
1936年になると、今度は、スペインで内戦が始まります。
この年、友人で作家のロルカが銃殺されたことがきっかけとなって、ファリャはスペインを去る決意をして、アルゼンチンへ亡命します。
スペインのフランコ政権から何度も帰国を促されたようですが、生涯にわたって帰国を拒否し続けて、亡命先のアルゼンチンにて、1946年に亡くなりました。
女性ダンサーとの出会い
1914年、ファリャはジプシー出身の女性ダンサー、パストーラ・インペリオと出会い、彼女から作曲の依頼を受けます。
これが、バレエ音楽「恋は魔術師」誕生のきっかけとなります。
彼女は1887年生まれなので、当時27歳くらい。
彼女は、ファリャと彼の友人で台本を担当するシエラを自分の一族と引きあわせ、ジプシーの歌を聴かせたり、ジプシーの伝承を語って聞かせたりしたということです。
彼女は踊りだけでなく歌も優れていたので、完成した作品は「歌の入る2幕ものの音楽劇」の形になりました。
初演当時のタイトルは『ヒタネリア』Gitanería という現在とはちがう題名で、口頭によるセリフも多く、オーケストラ編成は8つの楽器、15名による小さなものでした(レコーディングがありますので「私のお気に入り」のコーナーでご紹介します)。
この音楽劇は、1915年にマドリードで初演を迎えるものの、評判はあまり良いものではなかったそうです。
そこで、ファリャは翌年にかけて作品に手を加え、台詞を大幅にカット、オーケストラ編成を中規模のものに拡大して、コンサート用の「組曲」を編み出します。
こちらは1916年に初演されて、無事、成功をおさめます。
このあとも、さまざまな試行錯誤のなか、いろいろなヴァージョンの組曲がつくられていきますが、1919年になって、ついに、この作品を「バレエ音楽」として発展させる作業が始まります。
そうして、初演から10年後の1925年、バレエとしての「恋は魔術師」が初演され、大成功をおさめます。
熱狂的な拍手にこたえて、「火祭りの踊り」がアンコールされたそうです。
こうした経緯があって、このバレエは、珍しくメゾ・ソプラノの独唱が数か所に入るバレエ音楽になりました。
作品がうまれるきっかけをつくったパストーラ・インペリオについては、彼女の故郷セビリアに、現在、彼女の彫像が記念碑として建っているそうです。
長寿に恵まれて、なんと1979年まで存命でした。
『恋は魔術師』のあらすじ
物語は、ジプシーの伝説をもとに構想されていて、夫を亡くしたカンデーラスという女性が、新しい恋人と結ばれるまでを描いています。
未亡人であるカンデーラスにカルメーロという新しい恋人ができます。
しかし、死んだ亭主の亡霊が、それに嫉妬して、邪魔をしてきます。
そこで、その死んだ亭主が生前はかなりの浮気者だったのを思い出して、カンデーラスとカルメーロの2人は策を練ります。
カンデーラスの親友でとびきりの美人ルシーアに頼んで、亭主の亡霊を誘惑してもらうことにしたのです。
そうして、亭主の亡霊が美人のルシーアに夢中になっている間に、主人公カンデーラスと新しい恋人カルメーロはめでたく結ばれる、という物語です。
一見たわいもないストーリーに感じられますが、生と死、愛と嫉妬、陰と陽が入りまじる世界観が描かれていて、特に、「亡霊」が出てくることで、この物語にどこか得体のしれない雰囲気がもたらされています。
ファリャがつけた音楽も、スペイン色が濃厚であると同時に、『三角帽子』の明るさとは対照的な、情熱的で、暗い色彩が特徴になっています。
🔰初めての『恋は魔術師』
実はたった25分ほどで終わってしまう、短編といっていいバレエ音楽です。
特に有名なのが「火祭りの踊り Danza ritual del fuego」という一曲。
ファリャの作品でいちばん有名なものといっていい曲で、単独でピアノ編曲などでも演奏されます。
組曲などもありますが、短いバレエ音楽なので、現在はもっぱらバレエ音楽全曲版が演奏されています。
全13曲にわかれているなかで、いちばん有名な「火祭りの踊り Danza ritual del fuego」は8番目に置かれています。
まずはこの「火祭りの踊り」を聴いてみて、それに親しんだら、是非、印象的な冒頭から全曲を聴いてみてください。
私のお気に入り
このブログでは、オンラインで配信されている音源を中心にご紹介しています。
オンライン配信の音源の聴き方については、「クラシック音楽をオンライン(サブスク定額制)で楽しむ~音楽好きが実際に使ってみました~」のページでご紹介しています。
自分で探してみようという方は「 El Amor Brujo 」と検索してみてください。日本語検索より、はるかに多くヒットします。
《エルネスト・アンセルメ指揮スイス・ロマンド管弦楽団、マリーナ・デ・カバレーン(MS)》
エルネスト・アンセルメ(Ernest Ansermet, 1883-1969)はスイス出身の指揮者で、最初はローザンヌ大学の数学の教授をしていたというおもしろい経歴を持っています。
現在はジョナサン・ノットが指揮者をしているスイス・ロマンド管弦楽団は、このアンセルメが創設し、黄金期を築いたオーケストラ。
アンセルメは、ファリャの「三角帽子」の世界初演を担当していて、まさに「権威」による歴史的演奏です。
アンセルメのファリャの録音は、「定番」として何度も繰り返し発売されているためか、リマスターが繰り返されすぎて、発売時期によって驚くほど響きがちがっています。
わたし自身はリマスターが繰り返される前の段階の音がいちばん自然に聴いていられるので、今は、定価で手に入れた新しいCDを処分して、ブックオフで280円で手に入れた古いCDで大切に聴いています。
もし、新しいCDですでにお聴きの方で、いまいちアンセルメの録音の素晴らしさに疑問をお持ちの方がいらっしゃいましたら、是非、1990年前後までの初期のCDで聴いてみてください。
オンライン配信も、リマスターがあまりされていないであろうものをリンクしておきます。
( Apple Music↑ ・ Amazon Music ・ Spotify ・ Line Music などで聴けます)
《レオポルド・ストコフスキー指揮フィラデルフィア管弦楽団、シャーリー・ヴァーレット(Ms)》
指揮のレオポルド・ストコフスキー(1882-1977)は、ディズニー映画「ファンタジア」でもおなじみの往年のマエストロ。
彼が、オーマンディ(1899-1985)にそのポジションを譲ったあと、1960年になって、およそ20年ぶりにフィラデルフィア管弦楽団に客演したときのスタジオ録音です。
ストコフスキーには、フィラデルフィア管弦楽団との録音がたくさんありますが、ステレオ録音はかなり珍しいものだと思います。
緩急の幅がおおきく設定されていて、さらにはストコフスキー一流の強烈な音色のコントラストもあいまって、音楽がいっさい停滞しません。
この音楽に秘められた“ 緊張感 ”が、最大限に引き出された演奏になっています。
これを聴くたびに、あらためて不世出の凄い指揮者だと感嘆せずにいられない録音です。
ただ、最後の最後になって、夜明けをつげる鐘がなりひびくところで、妙に明るい音色の鐘が選ばれていて、この瞬間、一気に往年の映画音楽の世界が割りこんでくるようで、ちょっとがっかりするものの、いかにもストコフスキーらしいという思いもして、微笑ましいです。
( Apple Music↑ ・ Amazon Music ・ Spotify ・ Line Music などで聴けます)
《ラファエル・フリューベック・デ・ブルゴス指揮ニュー・フィルハーモニア管弦楽団、(MS)ナティ・ミストラル》
ナティ・ミストラル(1928-2017)というスペイン歌手の歌声に、第一に魅了される録音です。
良い意味で洗練されていないものが残っていて、スペインの土の香りがします。
ラファエル・フリューベック・デ・ブルゴス(Rafael Frühbeck de Burgos、1933-2014)はスペインの指揮者。
一度だけ、実演でブラームスを聴いたことがありますが、そのときの演奏はまったく精彩を欠いていて、それ以来、聴く機会を得ずに終わってしまいました。
この若き日の録音では、とっても艶やかな演奏を披露しています。
晩年にいたっても、デンマーク国立交響楽団とは新鮮なベートーヴェンをやっていたりするので(YouTube動画)、彼の出来の良い実演に接してみたかったと、少し悔やまれます。
( Apple Music↑ ・ Amazon Music ・ Spotify ・ Line Music などで聴けます)
《ジャン=フランソワ・エッセール 指揮 ポワトゥー=シャラント管弦楽団、アントニア・コントラレス(フラメンコ歌手)
ジェローム・コレアス(B)、シャンタール・ペロー(S)、エリック・ウシエ(T)》
こちらが、1915年の初版を収録しためずらしい録音のひとつ。
こうしたものを気楽に聴いてみることができるのがオンライン配信による定額制のいいところです。
まず、口頭による台詞が非常に多いことに驚きます。
音楽の素材そのものは決定稿と同じなので、随所に聴きなれた「恋は魔術師」が響いているのですが、なにか別の音楽を聴いている気分にもさせられて新鮮です。
そして、これを聴くと、ひとりの芸術家の「改訂」という作業に畏敬の念を感じさせられます。
この1915年版がつまらないということはないですし、音楽劇としての空間につつまれる面白さがあるのですが、これを聴いてから10年後の「決定稿」を聴くと、決定稿は恐ろしいくらい音楽が凝縮され、見事な緊張感で統一されているのをはっきりと感じることができます。
ビゼーの劇音楽「アルルの女」も似たところがありますが、劇としての「空間」にゆったりと浸りたいときは劇音楽版を楽しむというのもいいと思います。
( Apple Music↑ ・ Amazon Music ・ Spotify などで聴けます)