ノット、スダーン&東京交響楽団

ジョナサン・ノット「上を向いて歩こう」東京交響楽団ジルベスターコンサート2025

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今シーズンで東京交響楽団の音楽監督を退任するジョナサン・ノット。

2025年おおみそかの「ジルべスターコンサート」が、音楽監督としての最後の公演になりました。

急逝した秋山和慶さんの代役としての登場で、「この公演への出演は、私の秋山和慶さんへの敬意と感謝そのものです」という言葉がパンフレットに載っていました。

 

ジョナサン・ノット(指揮)東京交響楽団
ジルベスターコンサート2025
「サンダーバード」&「くるみ割り人形」

 

観光列車

 

コンサートはヨハン・シュトラウスⅡ世(Johann Strauss II、1825-1899)のポルカ「観光列車」で始まりました。

2025年はシュトラウスⅡ世の生誕200年の記念年でしたが、それ以上に、鉄道ファンだった秋山和慶さんを偲んでの選曲になっていたようです。

 

演奏そのものはどうだったかというと、ウィーン・フィルが何の苦もなくやっているかのように見える演奏が、いかに難しいことであるかを教えられる演奏だったと言えるかもしれません。

いかにもノットらしい快速テンポで、颯爽と進められましたが、どうにもシュトラウスらしく聴こえてこないのが不思議。

以前「こうもり」でも感じた、シュトラウス作品とノットの距離感を感じました。

 

サンダーバード

 

2曲目はバリー・グレイ「ザ・ベスト・オブ・サンダーバード」~ジョナサン・ノット スペシャル・セレクション~というもの。

ジョナサン・ノットはこの作品に意外なくらい思い入れがあるようで、以前にも一度サマーミューザで取り上げていて、今回は、さらにそれを再構成しなおし、ブラッシュアップした内容になっていました。

パンフレットによれば、「ノット監督は、本作品への理解をより深めるため、『サンダーバード』全話をすべて観直した」とのこと。

 

演奏に込められた力も、さきほどの「観光列車」とは比べものにならないほど立派。

むかしサマーミューザでやったときよりも、はるかに音楽の精度が高まり、びっくりするくらいの完成度になっていました。

 

ただ、『サンダーバード』に思い入れのあるひとの評価はちがってくると思うのですが、私のように、とくにこの特撮人形劇を知らず、単純に音楽そのもので評価するとなると、作品の冗長さはどうにもならないものがあって、正直なところ、45分も(!)聴き続けるのはしんどかったです。

マーチあり、イージーリスニングあり、ジャズあり、という、まさに映画のサウンドトラックの接続曲で、それらをノットと東京交響楽団が入念に仕上げた演奏で聴かせるので、聴きごたえは確かにあるのですが。

ファンの方に叱られるかもしれませんが、作品を実際以上に立派に飾り立てているような印象がありました。

 

この力いっぱいの演奏を聴いていると、先のシュトラウス:ポルカ「観光列車」が、まるでおまけのような、些細な作品であるかのように聴こえてきます。

私にとっては「観光列車」のほうがずっと音楽的に魅力的なので、この力加減はどうも腑に落ちませんでした。

 

会場にはマイクがたくさん用意されていて、どうやら、この「サンダーバード」はレコーディングされていたようです。

たしかに、商業的に大きなニーズがあるのかもしれませんが、これを録音するなら、もっと他のものも録音してほしかったと思いました。

 

 

くるみ割り人形

 

後半は、こちらも“ ジョナサン・ノット スペシャル・セレクション ”と銘打たれた、チャイコフスキー:バレエ音楽「くるみ割り人形」抜粋です。

曲の選び出し方が実にノットらしいというか、一定の「律動」が感じられる音楽が選ばれていて、“ 花のワルツ ”がないどころか、あの辛口の抜粋をしていたムラヴィンスキー(Evgeny Mravinsky、1903-1988)ですら入れていた“ パ・ド・ドゥ ”もない、個性的な抜粋になっていました。

 

テンポはかなり速め。

「サンダーバード」の完成度と比べると、ノットの快速テンポにオーケストラが歌い損ねたり、さすがに「ちょっと速すぎるのでは」とハラハラさせられるほど。

それに、何といっても「サンダーバード」で大編成のオーケストラが暴れまわったあと。

チャイコフスキーの純度の高い音楽が、その余韻とあまり相性がよくないようにも感じられ、「くるみ割り人形」の世界に集中するのに私はしばし時間がかかりました。

 

それでも、真ん中の「クリスマスツリー」のあたりから、チャイコフスキーの世界にだんだんと浸れるようになってきました。

 

ノットが編纂し、再構成したプログラムは以下の通り。

第1幕 第1曲「プロローグ」
第1幕 第3曲「子どもたちの小さなギャロップ」
第2幕 第12曲「コーヒー(アラビアの踊り)」
第1幕 第4曲「ドロッセルマイヤーの登場と人形の踊り」
第2幕 第12曲「あし笛の踊り」
第1幕 第3曲「両親たちの踊り」
第2幕 第12曲「ジゴーニュおばさんと道化たち」
第1幕 第6曲「クリスマスの夜ークララとくるみ割り人形」
第1幕 第7曲「くるみ割り人形とねずみの王様のたたかい」
第1幕 第8曲「クララと魔法が解けたくるみ割り人形」
第1幕 第9曲「雪のワルツ」
第2幕 第10曲「お菓子の国へ」
第2幕 第11曲「クララと王子の登場」
第2幕 第14曲「こんぺいとうの踊りーコーダ」
第2幕 第15曲「ワルツとアポテオーズ」

第6曲以降をメインに据えているのがわかる選曲で、「組曲」をやらなかった理由がわかるというか、これは聴いていても納得のものでした。

「雪のワルツ」では東響コーラスの素晴らしい合唱も入りました。

合唱抜きでやることもありますが、やはり、この曲には合唱が入っていてほしいものです。

 

最後のアポテオーズにいたるまで、それ以降は安心して音楽をたのしむことができたものの、やはり2曲目の「サンダーバード」がとにかくメインディッシュという印象で、残念ながら、この「くるみ割り人形」ですら、その陰になってしまった感はぬぐいきれませんでした。

せめて「サンダーバード」と同じ完成度で仕上げてもらいたかった、そんな気持ちになりました。

 

 

アンコール

 

そんな、ちょっとだけ満たされない思いを抱えているなか、アンコールが演奏されました。

最初に「くるみ割り人形」からトランペットが活躍する“ チョコレートの踊り(スペインの踊り) ”。

あれだけ有名どころをたくさんカットして、これはやるのか、という、ちょっと意外な選曲。

 

さらにアンコール2曲目、待っていました、“ パ・ド・ドゥ ”(!)。

 

そう、せめてこの曲はやってほしかった。

とても満たされました。

フレーズの作り方に独特な粘りがあって、そこはいかにもジョナサン・ノットらしいというか、意外なくらい感情過多な瞬間があるのが、彼のロシア音楽のひとつの特徴のように感じます。

 

 

ノットからの贈り物

 

そして、アンコール3曲目。

“ 花のワルツ ”が聴けるのかと思いきや、なんと「上を向いて歩こう」(!)が弦楽合奏で奏され始めました。

 

おそらく、ジョナサン・ノット時代の最後を飾るであろう作品。

それが、まさかの意外すぎる選曲。

曲が始まるやいなや、会場から小さなどよめきが起きました。

私も驚き、そして、とまどいました。

 

なるほど、そうか。

「上を向いて歩こう」は坂本九( 1941-1985)さんの歌で、彼は川崎のご出身。

日本の歌で、広く海外の人でも知っているのは「さくらさくら」と「上を向いて歩こう(SUKIYAKI)」の2曲だと聞いたことがあります。

 

英国人ジョナサン・ノットにとって、東京交響楽団の本拠地である“ 川崎 Kawasaki ”というのは、そういう街だったのかもしれません。

つまりこれは、音楽監督として活動した街Kawasakiへの、ノットからの贈り物だったのでしょう。

 

ジョナサン・ノットがこの曲を指揮するのは、これがきっと最初で最後のはず。

“ わたしはジョナサン・ノットが指揮する「上を向いて歩こう」を聴いたことがる ”、というのは、あの場に居合わせたひとだけが言える、ちいさな自慢にもなるかもしれません。

人がうらやむかどうかはわかりませんが。

 

ジョナサン・ノットの黄金の12シーズンは、これにて満了。

聴衆のほとんどが、ジョナサン・ノットのこの特別な、最後のコンサートをお祝いしている雰囲気で、演奏終了後も、あたたかい拍手がずっと、ずっと続きました。

 

「あぁ、終わっちゃったね…」。

この言葉がカーテンコール終了後、会場のいたるところで聞かれました。

 

わたしもまったく同じ思いでした。

“ ジョナサン・ノットの時代 ”が過ぎ去ってしまったことを惜しみ、彼が与えてくれたたくさんの音楽を思いつつ、大晦日の川崎の雑踏のなかを帰路につきました。

 

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