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週刊MASSE:10月2号
ノット&都響 第2弾
私の大好きな指揮者、ジョナサン・ノットが東京都交響楽団に初客演していました。
第1夜については、先日、レビュー記事をアップしましたが、ブルッフの「スコットランド幻想曲」の忘れがたい演奏を聴くことができました。
そしておととい、10/10(土)にすみだトリフォニーホールで、初共演第2弾となるプログラム、ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番(アンヌ・ケフェレック、piano独奏)、ブルックナー:交響曲第6番を聴いてきました。
もちろん、さすがジョナサン・ノットというか、行ってよかったコンサートでしたが、都響との共演は古巣の東響との共演ほどうまくいかなかったという印象をより強くしました。
やはり、古巣の東京交響楽団とのコンビネーションは特別なものだったのだと、そう再認識させられる2公演になりました。
それと同時に、都響について、いろいろと思うところがありました。
ちょっと驚いたのが、ブルックナーの演奏がどうやらライヴ録音されていたこと。
初共演でいきなりライヴ録音というのも、現在のノット人気を思わせますし、演奏会がどれもこれもライヴ録音された晩年の朝比奈隆(1908-2001)さんを思い出しました。
ただ、この6番の演奏は決してわるい出来ではなかったというか、ノットのアグレッシブな解釈が作品の革新性をきわだたせる面白さがあったので、録音でじっくりと聴きなおしてみたい気がします。
こちらの公演も詳細はレビューを後日アップします。
ジョナサン・ノット、新日本フィルに登場
かなり先の話になりますが、2028年3月にジョナサン・ノットは新日本フィルハーモニー交響楽団の指揮台に登場します。
何年か前に、井上道義さんの代役でサマーミューザでマーラーの交響曲第7番を指揮したのが縁になったのでしょうか。
速報のなかに載っていて、予定されているのは
シマノフスキ:交響曲第4番、ツェムリンスキー:交響詩「人魚姫」ほか
というプログラム。
これまた非常に尖った、ノットらしい演目が組まれています。
「人魚姫」をノットの実演で聴けるというのは、非常に楽しみです。
松田華音さんの弾くラヴェル@香川県
10/25(日)岡山フィルハーモニックが下野竜也さんの指揮で、香川県でコンサートを行うようです。
ヴェルディ:「運命の力」序曲
ラヴェル:ピアノ協奏曲
ムソルグスキー(ラヴェル編曲):組曲「展覧会の絵」
名曲がならんだ、初心者にもお薦めしやすい公演ですが、注目したいのは、2曲目のラヴェル:ピアノ協奏曲で、ピアノ独奏が松田華音さんです。
あの研ぎ澄まされたピアニズムで聴くラヴェルは、特別なひとときになると思います。
◎松田華音さんが弾くラヴェルのピアノ協奏曲に注目したい公演。
◎名曲がすっきりと並べられた、初心者にも聴きやすいであろう公演。
◎初心者向け度:★★★★☆
松田華音さんについては、以前に2回レビューを書きました。
メンゲルベルクに教えられるマーラーの甘さ
( Apple Music ・ Amazon Music ・ Spotify ・ Line Music などで聴けます)
有名な録音です。
オランダの巨匠ウィレム・メンゲルベルク(Willem Mengelberg, 1871-1951)が手兵のコンセルトヘボウ管弦楽団を指揮した、マーラーの交響曲第4番、1939年の録音。
ずっと昔に聴いたきりだったので、今週、聴きなおしていました。
マーラーのお弟子さんでもあったメンゲルベルク。
彼の演奏について、マーラー本人がお墨付きをあたえていたというのは有名な話です。
以前に聴いたときも、そして、今回聴きなおしても、その自由自在なテンポの緩急、伸縮性に驚かされます。
でも、今回は、それ以上にもっといろいろなものが聴こえてきました。
音楽の筋道が明瞭で、作品の展開がとてもわかりやすい。
自由自在に、変幻自在にオーケストラをあやつりつつも、いっぽうで、この作品の古典的な造形を教えられる形式感。
その精妙な感覚たるや、非常に繊細な指揮者だったのだと、あらためて脱帽しました。
それと、この演奏を聴いて久々に思い出したのが“ マーラーの甘さ ”。
昨今のマーラー演奏は、鋭くて、尖ったものが主流です。
でも、このメンゲルベルクの演奏を聴いていると、とっても甘くて、幻惑されるような瞬間があちこちに現れます。
ときにはその憧憬が爆発して叫び声になるときも。
こういう、甘く、何かを夢見て、あこがれる感覚。
これもまた、マーラーという複雑怪奇な、天才作曲家の音楽のひとつの要素で、しかも、かなり大きな要素でもあるように感じられます。
マーラーの愛弟子、ブルーノ・ワルター(Bruno Walter, 1876 – 1962)の残したマーラー録音も、甘さのあるものでした。
そういうワルターのマーラーにやや批判的だった、こちらもマーラーのお弟子さんであるオットー・クレンペラー(Otto Klemperer, 1885 – 1973)のマーラーはどうだったかというと、その厳しく、辛口で、格調の高い表現のなかに、やっぱり憧憬のような感覚がしっかりと同居しているように聴こえます。
こうしてメンゲルベルクの時代の名演奏をふりかえると、昨今のほとんどのマーラー演奏は夢がなくなった、とも言えるのかもしれません。
現代の世相をはっきりと反映しているかのようでもあって、マーラーの音楽は、時代を映す鏡の側面も持っているようです。
MASSE(まっせ)
クラシック音楽を長く聴き続けています。コンサートにも足を運び、良かった演奏も、期待外れだった演奏も、自分の耳で聴いて感じたことを大切に書いています。「自分なら本当に聴きたいか」を基準におすすめ公演やレビューを発信しています。クラシック音楽ブログArtoneMagアートーンマグは2021年5月スタート、2023年4月に月間86,000pv到達。感想など「お問い合わせ」ページから送ってください。











