名指揮者シノーポリのエピソード
❝もし自分が死ぬようなことがあったら、葬儀のときにはこの美しい音楽を演奏してほしい。❞
イタリアの名指揮者ジュゼッペ・シノーポリは、このシューマンの『春』第2楽章をリハーサル中に、突然、そんなようなことを言ったそうです。
それからしばらくして、シノーポリはオペラの公演中に本当に心筋梗塞で急死してしまいます。
そのとき、あのリハーサルでの言葉を思い出した楽団員は少なくなかったそうで、彼を追悼する演奏会ではメインのブラームスのドイツ・レクイエムの前に、このシューマンの交響曲第1番『春』の第2楽章が独立して演奏されました。
日本で行われた追悼公演でも、やはりシューマンのこの音楽がブラームスの前に演奏されました。
プロフェッショナルなオーケストラが、こうして交響曲のひとつの楽章を抜き出して演奏するというのは、滅多にありません。
それを敢えて行ったところに、楽団員のシノーポリに寄せる哀悼と愛情が表れています。
あれは、とても美しいプログラミングでした。
シューマンの『春』
シューマンが“春の交響曲”として構想したこの交響曲。
第2楽章は当初「夕べ」という副題がついていましたが、あとになってシューマンは題名をすべて取り消しています。
題名というのは固定のイメージを与えてしまうために、出版段階で消してしまう作曲家はけっこう多いです。
マーラーの交響曲第3番なども、当初はこまかく題名がつけられていましたが、あとになって外されています。
ちなみに、この曲の初演の指揮をしたのはメンデルスゾーンだそうです。
なんともため息の出るような時代です。
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指揮・作曲・考古学・心理学の交差点
あこがれに満ちていると同時に、どこか憂いを含んだこの楽章を聴くと、どうしてもシノーポリのエピソードを思い出します。
あれは2001年の4月のことだったので、もう20年も前のこと。
私があのニュースを知ったのは、渋谷のタワーレコードに立ち寄ったときでした。
ふと目に入った急ごしらえのコーナーにあった、「追悼 ジュゼッペ・シノーポリ」の文字に心底驚きました。
まだ54歳でした。
指揮者・作曲家でありながら、大学では心理学や医学を学び、考古学の博士号まで持っていた異才の指揮者でした。
それでいて、実際の演奏は情熱やロマンにあふれ、まったく冷たさのない、素敵な音楽家。
当初はいかにもイタリア出身という、情熱的な指揮、切込みの鋭い解釈が特徴でした。
けれど、後年、深く沈み込むような、時には音楽がどこへ向かっているのかわからない、さまようような解釈へと変貌しているところでした。
私がテレビで彼を知ったのは、まだ情熱あふれる指揮ぶりだったとき。
でも、それから数年後に実演を聴いたときは、まさに停滞の音楽を奏でていました。
彼がいったいどこへ向かおうとしていたのか。
いつか稿をあらためて、彼の音楽をふりかえりたいと思っています。
いずれにせよ、彼が類まれな名指揮者であったことは疑いのない事実で、もっともっと活躍してほしかった人でした。
そのシューマンの交響曲第1番「春」をシノーポリが指揮した録音、まずは第2楽章だけでも是非聴いてみてください。